31.歪む境界線

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「あの者は望む場所へ点と点を繋ごうとしている。現在と過去の己の居場所を。一度試みただけでうまく行くほど、境界線は正確に扱えるものではない。試行錯誤を繰り返し、そして目的を成し遂げんとする傍らでは、こうした副作用が生じる。そなたや他の者が視ていた向こう側の風景、あれは新たな穴が空く予兆じゃ」 「あ……な……? 穴って何だよ!? まさか自殺の名所でなくても人がぽろぽろ『落ちて』来る可能性が出るってのか!」  聞けば聞くほど頭が痛い。あれが予兆であるなら、妹もこの世界に渡るかもしれないと言うのか。他にも、普通に生活しているだけの人間が続々巻き込まれるとしたら、もはや収拾が付かない。混乱、資源争い、意思疎通の困難、感情の爆発、摩擦。多くの人死にが出るのも容易に想像できる。  胃の底が見えない手で握り締められた気がした。 「そうさな。だが、副作用をこちらから利用しない手は無いぞ。あの贄があれば、わらわは歪みを正す為の力を蓄えられる。事の元凶を摘んだ後、穴を塞げばいい」 「元凶って藍谷か……」 「案ずるな。そちらの方は、そなたの片割れとわらわの巫女がどうにかするじゃろ。それより贄よ。早くしないと鮮度も効力も失われる。青年、もしもやる気なら、一時的に巫女姫に代わることを許す。わらわへの呪文の奏上は要らぬ。儀式もある程度は簡略できよう」  曰く、いつもであれば服や残った身体組織を取り分けて処理するのを、臓物だけ抜き取って後回しにするらしい。  そうは言っても生贄は三十人は居たように見えたのだ。 (正気の沙汰じゃねーな)  たった一人だけでも気が遠くなりそうなのに、初めてで三十回もあの作業を繰り返すなど。滝神がなるべくフォローしてくれるらしいが、それでも不安が残る。 (検察医でもあるまいし。トランス状態なら耐えられるか?)  久也が考え込んでいる横では、床の松明立てに挿された松明が、ぼうぼうと音を立てて燃えている。 「一つ忠告じゃ。そなたではわらわの巫女のようにはなれない。儀式のさなか、トランスが不完全だと、正気を失う怖れもある」  そう言った滝神は、よく見るとあまり同情している風には見えなかった。人間の表情をそこまで真似られないだけなのかもしれないが――どうにも違う気がした。  きっとこの局面に於いて、神にとって我が子である民の存続の方が、異邦人の心持ちなどよりもずっと大事なのだろう。
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