32.stagnant

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 ぽんと肩に巫女姫の手がのった。美しい顔が苦悩に歪んでいるのが、見ていて心苦しい。 「謝るのはナシだよサリー。いってらっしゃい、だけで十分」 「……そうか、そうだな。お前たちの覚悟をないがしろにするつもりは毛頭無いんだが、もっと何かしてやれることがあれば、といつも思う」 「誰も多くは望まないよー。なんつーか、綺麗な女の子に笑いかけてもらえてその分だけ帰りたい気持ちも強くなるんじゃないかな」  そのように明るく答えると、彼女は小さく微笑む。 「お前の言う通りであれば私も救われる」  サリエラートゥは更にこう続けた。中で何かあったら、迷わず戻って来るように。神力でどんな怪我も治すから絶対に諦めるな、と。そしてこの場に残る人間でトンネルの入り口を広げる作業に取り掛かるから、空気の不足も何とかしてみせる――と。 「うん。それじゃあ行ってくるよ」  拓真は雨を吸った前髪を指先で払って、満面に笑みを浮かべた。頼りになる人間がこんなに居るのだから、これ以上恐怖に打ち震えてなどいられない。  巫女姫は一瞬驚き、次いで笑い返してくれた。 「お前たちに滝神さまのご加護があらんことを」 *  ――窒息しそうだ。  肘ばかりを使って闇の中を這っているという窮屈な状態だけでも気が滅入りそうなのに、死臭は一時も嗅覚を放っておいてはくれない。手ぬぐいを鼻周りに巻いていても大差ない。 (あと……どのくらい……?)  這っても這っても終わりが来ない。腕、肩、首周りへと、疲労は広がってゆく。  何匹めかの蜘蛛が背中の皮膚を伝っている。払いのける術が無く、刺されても気色悪くてもどうしようもない。たった一つの心の支えとなっているのは、前後に聴こえる衣擦れや吐息の音、即ち仲間の気配だ。  しばらくして、先頭のアレバロロが広い空洞へ出たとの報告が口づてに伝わってきた。  人々のやる気が燃え上がり、進む速度も上がる。 (あっ)  左の肘を持ち上げて進もうとしたその時。腕は捉える対象を得られずに宙を泳いだ。 (狭いトコが終わった!)  穴から両腕を突き出して伸ばし、下の壁を掌で押した。サナギを突き破る蛾にでもなったみたいで、ちょっとした得意気分だ。  狭い通路から飛び出し、一メートルほど下の地面に崩れるように落ちた。衝撃と痛みが臀部を襲う。 「いってて」 「掴まれ」
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