33.moralization

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 小さな身体は何度も何度も激しく痙攣し、やがて力尽きて静止した。 *  それから何をしたのか、はっきりとは憶えていない。  がむしゃらに闘った。  立ちはだかる北の部族の民を切り、殴り――他にもたくさん、一文では形容できないような汚い暴力を振るって捻じ伏せた。死人も出たかもしれない。しかし敵も同等の殺意を抱いて向かってきたのだから、気にするまでもないだろう。  満身創痍で、祭壇の階段を上るまでに至った。  とてつもなくリアルな悪夢だと思った。  ――そうだ、夢に違いない。だって人間が、紫色に光るわけがないから……。  そんな現実逃避も無意味だった。  この血と腐りかけた死体の臭いが、足にねばりつく生温かい血液の感触が、夢であるはずがない。これだけ不条理が多い世界では、祭壇に佇む神官が淡い紫色の輝きを放つくらい、どうってことはないだろう。  神官はあれからも何人かを捧げていた。残すところ後一人らしい。ついには止めることができなかった。 「も……やめて、すぐる、にいちゃん……」  神官役の男はチラリとこちらを一瞥したが、まるで拓真の登場が大したことではないかのようにひとりごちた。 「おお、おお、みなぎるぞ。我が民でも試してみたが、滝神の神力を内包した人間を精霊に捧げた方が爆発的な力を得られるようだな」 「北の部族の民まで殺したの……? 信じて、ついて来てくれた人たちを……」 「この儀式は悪天候の日にまとめて執り行ってこそ最大限の効果が得られるもの。精霊の加護で今日まで死体を保ったのは正解だったな」  こちらの話は完全に無視されている。  が、死体が置かれていながら仲間たちが死臭に気付けなかったのはそういう理由か、と納得した。 (きっと最後の一人を捧げれば儀式が終わる。止めなきゃ――)  力を振り絞って踏み出した。  次の瞬間に首筋に悪寒が走る。薙ぎ払われた槍を、サッと身を屈めて避けた。一人の細身の男が下の段で目をぎらつかせているのが横目に見えた。機を伺い、次の動きを待つ。  ヒュン、と突き出された槍を絶妙に避けて、拓真は槍の持ち主に足払いをかけた。転んで横になったところで、槍を奪う。棒の部分で何度か敵を殴って沈めた。  突然、耳鳴りのような、サイレンのような、容器の中の空気が圧縮されてまた伸ばされるみたいな、妙な音が洞窟内に響いた。  次いで、高笑い。
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