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しかし拓真が受けた衝撃は香の様相とは無関係だった。
「どうやらこの近くにも居ないようだな。どうする?」
あくまで冷静な久也が呟いた。
「……英兄ちゃんが戻ってきてるってこと、教えるべきか教えないべきか、どっち」
質問への直接の返事はせず、独り言に近い返し方をした。ややあって、久也が答えた。
「教えるのは酷だ。わかるだろ」
「そう、だね」
英は家族に会いに来るかもしれないし、来ないかもしれない。再会できたとしても、確実に捕えて殺すように命令を受けている側としては、家族から彼を再び奪う予定だ。それを穏便に告げる方法など、存在しえない。
「おれ本当はさ、英兄ちゃんの後を追ってあの亀裂を通ろうと思ったんだ」
「…………」
「違うか。後を追おうってより、ただ現状から逃げたかった。逃げたかったんだよ。滝神サマは胆力とか言ったけど、そんなもの、ホントは持ってない」
「お前があそこで魔がさしてたとしても、誰にも咎める権利は無い」
「だからこそ余計に辛いんだよ……もしかして今、望めば家族に会えるのかな。あの家に戻れるのかな。温かいお風呂に入れるかな」
久也が押し黙った。そんなことしてたら間に合わない、と言いたそうにしていることはなんとなく汲み取った。
「でもさ、もう死んだことにされて思い出が埋められてたらどうしよう、とも考えるんだ。そしたらこっちの世界にもあっちの世界にももう居場所が無いのかって――」
いきなり「足」と思しき辺りに激痛が走った。拓真は仰天した。
「いったぁ!? ちょ、精神体なのに何で痛いの!?」
「さあ、多分俺が痛くしたいと念じたからじゃないのか」
察するに、足で足を踏む時の感覚を肉体なしで彼は再現したらしい。確かな怒気を向けられているとわかる。
「弱気になってんなよ。後ろ向きな文句をダラダラ並べるのは俺の役目だ。お前は、前だけ向いてりゃいい」
「カッコいいこと言うなぁ」
「忘れてたけど、伝言があったぜ。あの女――ユマロンガから、『帰りを待ってる』ってさ。なんだっけ、あのドーナツ……ミカテ? お前に、吐いて戻すくらい大量に食わせたいって言ってた」
「え、えええ……ミカテは嬉しいけどなんかやだなぁ……」
「そういう愛情表現なんだろ。有り難く受け取って、心おきなく吐け。ったく、『滝神さまの御座す郷』に居場所が無いなんて、何をどう間違えればそう思うんだよ」
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