36.真意、はかり知れず

1/6
前へ
/217ページ
次へ

36.真意、はかり知れず

(おい。壁の地図が、九州なんだが) (ほんとだ。何で九州?)  辿り着いた先は、幾つもの机に資料が散乱する共同オフィスか職員室みたいな部屋だった。自分たちの声が誰かに届くかもしれないので、拓真と久也はお互いにしか聴こえない「小声」で会話した。イメージとしては、直接魂に微弱な電波を届けているようなものだ。 (ここが九州だってことか? つーかこの地図、赤ペンでの書き込みすごいな) (英兄ちゃんはこんな所にどんな用があるんだろね)  疑問府を飛ばしながら部屋を何度か見回しても、当事者を見つけることができない。そんな時、扉が鋭く軋んで開いた。 「先生、いますー?」  両手に何冊かの分厚いハードカバーの本を抱えた女性が顔を出した。掛けた声は普通に日本語だ。  姿を視認される心配はないはずなのに、思わず拓真たちは手頃な椅子の後ろに屈んだ。 「誰も居ないわね。先生ったらまた屋上に一服しに行ったのかしら。頼まれてた検索表やっと見つけたのに……まあ、椅子の上に置いて行けば気付くでしょ」  女性は独り言通りにずかずかと部屋に踏み入った。真っ直ぐにこちらが隠し場所に選んだ椅子に向かってきている。  実体の無い青年たちは無言で顔を見合わせ、誰かがわざわざ提案するまでもなく屋上を目指して上昇していた。 * 「言いがかりだ!」 「お前が私を崖から突き落したんだろう。奨学金を独り占めする為に!」 「違う……! 何を言っているんだ、そんな汚い真似をするわけがない!」 「さあ? あの金は二分して異国からの特待生に与えるものだったが、急遽一人減ってしまった場合は一人が二人分を受け取る決まりになっていた」 「だからって――普通、殺人まで犯すか!? 君は僕をなんだと思っているんだ! 共に輝かしい学生生活を送る予定だったルームメイトを、そんな目で見るわけがない。仲良くやっていきたいと願いこそすれ、貶めるなど!」  殺伐とした言い争いを耳にしつつ、全ての階層をすり抜けた感触があった。むしろ、行き過ぎたらしい。  久也と拓真は屋上の地面より五メートルは離れた上空に停止する。 (いた! いたよ!)  拓真が指差した先には黒縁眼鏡をかけたワイシャツ姿の東洋人男性と、彼に向かい合う異様な立ち姿の男が居た。後者は凝視するまでもなく、藍谷英その人だ。  二人の間には張り詰めた空気が流れている。 (もう一人は誰だ?)
/217ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加