36.真意、はかり知れず

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 旧知の人間の応対は、藍谷英の逆鱗に触れた。  異世界の太陽によく日焼けた顔から人間らしい感情が引っ込み、入れ替わりに、神官として儀式を執り行っていた時のような妖しい雰囲気が舞い戻った。  瞳に紫色の燐光が宿っている。  そんな異質な男を、准教授は露骨に隅々まで眺めやった。徐々に表情が強張っていく。 「仕方が無いだろう。今の君は、何もかもが異常だよ! それに、何十年も老け込んだように見える。僕たちは同い年のはずなのに……どういうことだ?」  叫びながらも彼は警戒に身構えた。 「そうだな。言われてみれば、そうだったな。別に、どういうことでもいいではないか。もう、何もかも、手遅れだ」  刹那、英の双眸に狂気の閃光が走った。  瞬く間に彼は准教授に殴りかかっていた。その拍子に黒縁眼鏡が宙を飛んで地面を打った。最新技術を盛り込んだであろうプラスチックのレンズは、ヒビが入ったものの割れなかった。 (なっ……!)  衝動的に屋上まで降下しそうになった拓真の肩を、久也はきつく掴んで制した。 (ダメだ! 滝神が俺たちを実体化できるのはたったの五秒だ。出て行ってもどうにもできない!) (でもあの人が危ない!) (わかってるけど、我慢しろ!)  地上の二人は取っ組み合いの喧嘩にエスカレートしていた。  准教授は見た目通りのただの中肉中背のインテリ系らしい。格闘技を会得していたわけでもないようで、反射神経や攻撃・防御のキレは一般的現代人の域を出ない。対する英は二十年の月日をジャングルで生き延び、精神的にも肉体的にも並々ならぬタフさを培っている。  時間が経てば経つほどどちらの生傷が増えるのか、結果は目に見えていた。 「くそっ!」  ところが彼は運が良かった。  英の右ストレートを鼻で受けて血をダラダラと垂らしながらも、後ろ手に武器と使えるものを探った――そして偶然にもそこには鉄材があった。二人で揉み合っている内に屋上の物置として使われている一角に迷い込んだのである。  ただのインテリ系でも、鉄棒を持てば忽ち脅威になる。  それを両手で振り被った。  ――ガツンッ!  たまたま英の動きが止まっていたため、額に直撃した。  一筋の赤が流れる。  鼻の頭まで流れたところで、ポッ、と地面に滴った。  本来ならばもう失神しているものだが、仁王立ちのまま、紫色の燐光を放つ瞳だけがぎょろりと動いた。
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