36.真意、はかり知れず

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 ――敵手の眼差しを、追い求めて。 「ひ、ひいっ!」  たまらなくなって、准教授は逃げた。何度も足をもつれさせながら、屋上の入口まで走る。  英は追わなかった。まるで気が抜けたかのように肩を落としている。  ――ばたん!  屋上の扉が大げさな音を立てて閉まった。後には慌てて鍵をかけるガチャガチャとした音、そして急ぎ足で遠ざかる足音。  そうして束の間の落ち着きが訪れた。  時折、鳥の鳴き声やクラクションの音がそれを破るだけである。 (よかった、なんとか何事もなく終わったぁ……) (ああ)  一部始終を見守っていた拓真と久也は胸を撫で下ろした。  これで連れ戻す隙が開くかな、と温(ぬる)い期待が芽生え――次の瞬間には氷水をかけられたようなゾッとした感覚に替わった。  藍谷英のあの気味悪い双眸が、真っ直ぐにこちらを見上げたのである。 (げっ。コイツ、視えてやがる) (えぇ!?)  仰天した二人に直接言葉がかけられた。 「いや? かろうじて声が聴こえる程度だ。儀式の効力がまだ全身にみなぎっているからな。視えなくても存在は感じ取れていた」  そこまでの力を秘めていながら何故先程の喧嘩では手加減していたのだろう、と久也は密かに疑問に思った。心身ともに人知を超えた力を備えているだろうに。現に、割れた額は何事も無かったかのように元通りだ。 「なんにせよ、今のを目撃されたのは屈辱だな。笑うがいい。どこまでも愚かで、卑劣で、臆病な私を……笑えばいい」 (おい。自覚あったんだな、アンタ)  思わず久也は悪態をつかずにいられなかった。 「当然だ。私はいたって理性的だよ。少なくとも一日の四割ほどはね」  あれ、と今度は拓真が疑問を抱く番となった。英の口調がどことなく崩れている。まるで昔の、まだ好青年だった頃の彼を彷彿とさせた。 (じゃあ残りの六割はなんだってんだ) 「さてね。残りの時間は、思考もできないぐらいにぐるぐるしてる」 (……正気じゃないってことか)  久也の質問に英は自虐的な笑みを口元に浮かべた。 「君たちはあの世界に行った最初の日、最初の夜のことを憶えているかい」  いきなり何を言い出すのかと、久也たちは目を点にした。しかし一拍置いてから素直に答えた。 (最初の日? 俺は巫女姫に銛でぶっ刺されたな。んで夜は蚊や蛇に怯えながら浅い眠りについた気がする)
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