37.閉ざされる未来

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 次の駅で降りて、すぐに帰路についた。それでも家に着けたのはそれから四十分後だった――。 *  寄り道一つせず、小早川家にも(気になったものの)寄らずに、香は真っ直ぐに自宅に帰った。きっと兄の名を久しぶりに聴いたからか、主の居ないあの部屋を確かめたくなったのだ。  だが玄関前まで駆け寄った香は異変に気付いた。  正面から人が入った痕跡がある―― (取っ手にこびりついてるこの茶色って……乾いた血……?)  思いのほか警戒せねばならなかった。  両親の靴が無い。扉は無理矢理こじ開けられた風でもなく、侵入者はまるでちゃんと暗証番号を使ってロックを解除したかのようだった。  あまりにも、不審な点だらけである。  携帯を片手にいつでも助けを呼べる状態にしつつも、香は慎重に歩を進めた。 (なんなの、この足跡。泥がついてる)  土足で上がってきたのかと思いきや、足跡は裸足でつけられたもののように見えた。そんな泥の道は玄関のすぐ直前で始まっている。靴を脱いだら裸足にも泥がついていた、なんて状態は考えにくい。 (まさかいきなり玄関前に下り立ったとでも言うの)  そんな馬鹿なことがあるか、と自ら否定する。  泥の道は二階へ続いていた。また、不審な点に当たる。いつもなら階段の真ん中で寝そべっているはずの飼い猫の姿が無いのだ。  110番をいつでも鳴らせるように携帯を操作してから、香は全身に程良い緊張を走らせた。大学が忙しくなって道場通いを止めたとはいえ、これでも格闘技の経験者なのである。  音を立てずに二階へ上がった。  すると、何処からか声が聴こえる気がした。起源をおそるおそる辿った。 (どう、して……! よりによってその部屋なの!?)  気付いた途端、握った拳がわなわなと震え出した。  問題の部屋は物置に使われるようになって久しいが、金目の物があるわけではない。なら何の為に、その者はそこに留まっているのか。  廊下から中がかろうじて窺える程度の微妙な距離まで近付いた。  なんと、部屋は全く荒らされた様子が無い。 「……――の歳で、履歴には説明のつかない空白。今から人生をやり直しても定年退職なんてできるわけがなかったな」  侵入者はボソボソと独り言を連ねている。大人の男の人の声だった。独り言の内容そのものは、極めて不可解である。
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