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信じられない心持ちでそれを眺める香を、向こうは更に信じられないと言いたげな面持ちで見つめ返した。
こうなってはもう観念して部屋に踏み入り、攻撃態勢を取った。終始、男性の挙動や表情からは一時も目を放さずに。
乾き荒れた唇がゆっくりと開くのも当然見届けた。
「…………かおり、か?」
男性の一声は彼女に新たな驚愕をもたらす。
――何でなんでナンデ何で。
どうして名前を知っている、と問い詰めようにも声が出ない。
「さすが我が妹。美人に育ったな」
「いもうと」
呆然とオウム返しをする。身構えていたはずの手足から力が抜けて、持ち物をことごとく取り落とした。
「なに、言ってるの」
「そうだ。ちょうどいい。誰か帰って来たら文句を言おうと思っていたんだ」
男性はひとりでに話をした。こちらの言葉なんて耳に入っていないみたいだ。
「仏壇なんて、ひどいじゃないか。僕は死んでなんかいないのに」
長い髪の男が全身をこちらに向け、一歩横にずれた。その向こうには、つい最近用意された仏壇と遺影が置かれている。
「や、めてよ。何言ってるのよ。誰、アンタ」
「そっちこそ何を言っているんだ、香。兄の顔をもう忘れたのかい? ほら、悔しいけど遺影そっくりじゃないか」
背筋が冷えた。
歪に笑った不審者は後ろの写真とは一見似ても似つかないのに、何故かじっと注視すると類似点の方が目に付いた。目の形や鼻の高さ、顎から頬骨にかけたラインに至るまでが、重なって見える。
(のまれるな!)
屈してなるものか、と香は背筋を伸ばしてハッキリと抗議した。
「だからって不法侵入した男に泣いて抱きつけるほど、あたしは純粋じゃないわ」
「法はともかく、侵入ではないな。あのロックは初めて見たけど、試しに僕の誕生日を入力してみたら解除できたよ」
「――!」
信じられない。信じたくない。
あんなに恋しかったたった一人のきょうだいが、あの穏やかで優しかった兄が、こんなに変わり果てるなんて。
「こんなの嘘よ! ちょっと見た目をお兄ちゃんに似せただけの詐欺師なんでしょ!」
叫びながらも、的外れな言いがかりだとわかっていた。詐欺師ならもっとうまく似せる方が理にかなっている。こんなよくわからない民族衣装を着た変人じみた格好で家族を騙せるなどと、思うわけがない。
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