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英はまるで後頭部にも目がついているのではと思わせるほど、隙が無かった。香と拓真がタイミングを合わせて攻撃をしかけても、どうにかしてかいくぐっているのだ。ここまで触れられない相手は初めてだ。苛立ちが募る。
狭い物置部屋で暴れている所為で、雑誌や服などが次々散乱する。
ふと、英の動きが止まった。ほんの一瞬の出来事だった。
(あ! 誘導してたのね)
やっと香にも拓真の狙いがわかった。さりげなく誘導して、後ろが無くなるまで、隅まで追い詰めたのだ。
それだけでなく英の背後は仏壇だ。当人としても複雑なんだろう。振り返らずに目線だけが動いてそれを意識したが、隙としては十分だった。
今だ、と香が殴りかかろうとした時。
横から「ばきっ」と何かが折れる音がした。
脇から人影が跳び上がったのと、拓真が英に足払いをかけたのは、ほぼ同時だった。
人影は長い棒を杭のようにして――英を床に縫い付けた。跳んだ勢いに重力が合わさって、杭はズブリと難なく刺さった。
「ひっ」
香はこみ上がる嘔吐の衝動を必死で抑え込んだ。
折れた箒を腹部に生やした兄の傍に、もう一人、行方不明者が身を屈めた。その男の姿を認めて、英は芝居がかった口調で感嘆した。
「末恐ろしい連中だな」
「喜べ、俺らが恐ろしくなったのはアンタの為だ」
屈んだ黒髪の男はにべもなく答える。
(朝霧先輩、相変わらず目付きこっわ……)
残酷なやり取りから目を逸らしたくて、どうでもいいことに意識を回した。
せっかくの再会を喜べる状況では決してなかった。
久也や拓真でさえも、最後に会った記憶に比べて――血生臭い。もはや容易に声をかけられる雰囲気ではなかった。
何より、英を見下ろす双眸には、絶対に邪魔をしてはいけないと思わせる凄みがあった。
――否。あれは英などではなく、ただのよく似た別人だ。別人でなければ、ならない。
そうでなければ、今目の前で繰り広げられた惨劇を、どう捉えればいいのか。久也たちを、兄を刺した加害者として糾弾すればならないのか、それとも……。
きもちわるい。頭が痛い。
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