37.閉ざされる未来

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「香、いいことを教えてやろう。世の中は理不尽でありえないことだらけだし、生きている内に解明できる謎の方が圧倒的に少ないんだ。何故、この世界とあの世界は繋がっているのか? 何故、僕やコイツらだけがこんな目に遭ったのか? 理由なんて、きっと無い。意味は、人間が後から自分で作って結び付けているだけだ」  紫色の英もどきが、優しい目をして語りかけてくる。その肩や腹を、それぞれ久也と拓真が膝で押さえていた。 「さようなら、妹。お前は、さっさと全部忘れて自分の人生を歩め。でも、意味を見出したいなら、それでもいいだろう」 「え……」  目を見張った。三人の姿が、半透明になって消えかかっているのである。 「待って!」  掴みかかろうとしたが、すり抜けた。  香は己の掌と拓真の姿を交互に見やった。その拓真が、もの悲しそうな顔で口を動かす。  声は、しなかった。  ――ごめん。ごめんね、香ちゃん。おれらは平気だから、自分を責めないでね――  白い煌めきと共に、部屋は無人となった。  遅れてやってきた飼い猫の鳴き声だけが静寂に響く。  ――世の中は理不尽でありえないことだらけだ。  香はその場に膝からくずおれた。頭を抱えて、溢れる涙で袖を濡らす。  言いようのない虚脱感。一度失ったと思った大切な人たちを、もう一度失った。この瞬間に思い知った寂しさと喪失感を、生涯忘れはしないだろう。 (勝手に現れて、何あっさり勝手に消えてくれちゃってんの。訊きたいことどんだけあったと思って)  兄が流した血に指を一本伸ばした。最初は指先だったが、やがて掌ぜんぶをソレで濡らした。そこからはもう、ほとんど体温が失われてしまっている。 「おにいちゃん……拓真……」  アイツは、何をあんなに謝っていたのか。  神隠しに遭ったことに対する自責の念を背負わせたから? それだけとは思えない。  けれどももう訊くことは、できない。 (電車、降りなきゃよかったかな)  今日のことが悪夢だったならよかった。たくさん涙を流して、悪夢も苦しい記憶も溶けてなくなればいいのに。  散らかった部屋と畳に広がったこの血だまりが、一連の出来事が現実であったことへの確証だった。
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