00.はじまりは転落

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 拓真が海外旅行に誘われて久也を呼びたいと考えるのは自然な流れ――そう彼女に説明したら納得してくれた。大学が分かれて以来は会わなかったと言っても、香と拓真とてランドセルを背負っていた頃からの幼馴染である。当然、彼女は久也を知っていた。  その藍谷香が先の方で足を止め、くるりと振り返る。フードが風にさらわれ、茶色に染めているショートヘアがぐしゃぐしゃに乱れている。 「風車が見えたわ!」  目指している場所が近いことを彼女は声を張り上げて告げた。  目前の丘は島中の北部でも特に風の強い場所であり、そのため発電用の風車がいくつもそびえ立っている。天気の良い日はここでくつろぎたいと考える人間も多く、それゆえ崖の上だというのにテラスにピクニックテーブルが並んでいる。三人はゆっくり、ゆっくりとテラスまでの道のりを上った。その間ずっと、ムゥン、ムゥン、と巨大な風車たちが低い音を立てているように聴こえた。  こげ茶色に塗られた木製のテラスは椅子やテーブルがシンプルながらにも雰囲気が良い。テーブルにはそれぞれチェック柄の日傘が着いていて、こんな天気でなければ可愛らしく広がっていたことだろう。  物思いに耽るように、香は一人でテラスの端に立って崖下の海をぼんやり眺め出した。他の二人は適当にテラスの上をうろつく。 「ねえこの看板、なんて書いてあるの?」 「請……不要……えーと、『飛び降りないで下さい』かな」  拓真の質問に久也が答える。二人とも外国語に興味があって趣味で色々触ったりするが、感覚で気が付けば喋れるようになっているのが前者で、文字や文章の読解力が高いのが後者だ。 「実は自殺の名所ってこと?」  バツの悪そうな顔で拓真が訊ねる。  注意書きから連想できることといえば、まずそれだ。その言葉に香が過剰に反応した。 「お兄ちゃんは自殺したんじゃないわ!」  振り返ることなく彼女は絶叫する。 「香ちゃん、おれは別に英(すぐる)兄ちゃんがそうだったって言いたいんじゃないよ……」  拓真の語尾が消え入るように沈んでいく。  無言で拓真と久也は顔を見合わせた。今回の旅の真の目的を思い浮かべる。  藍谷家の長男、藍谷英は十年前の八月二十八日に旅行先の台湾にて消息を絶った。彼と最後に電話で話した台北住まいの知り合いによれば、この風車の丘を訪れたらしいことだけがわかっている。
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