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38.拓かれる未来
――その者は、わらわの民を害した極悪人であり、世界の境界線を歪ませた元凶だ。源を絶たねば亀裂は元には戻らない。
――わらわからの依頼はその者の命を絶つことのみ。
――この件に、わらわはもう十分に干渉した。異界の勇気ある青年たち、そして巫女よ、その後の采配をとるが良い――
*
滝神(タキガミ)のお告げを伝え終えた巫女姫サリエラートゥが、胸に手を当てて深呼吸する。
その様子を見守りながら、未だ肉体に戻っていない朝霧久也は人知れず苦笑した。
(俺はひねくれてるのか。大いなる神に「勇気ある青年」って呼ばれても、嫌味にしか聴こえない)
意識すれば、箒の感触がいつでも蘇る。棒状の木材から掌に伝わった、肉を貫通する手応えも――。
まだ人を刺した実感が沸かない。劇の脚本通りに踊っていたのではないかと、自分の意思で動いた気がしないのだ。それだけ夢中に――いや、無心に動いていた。
(藍谷英は遠からず死ぬ)
それが自分の行動の直接の結果であろうと、そうでなかろうと。
関与した事実は消えない。犯した罪から逃れることはできないし、どんなに悲惨な結末でも、責任逃れはできない。受け入れる以外にどうしようもない。
全て背負ったまま、地を這いずり回ってでも明日を生きてみせる――
(だから俺は、見届けよう)
ここから先、頑張るのは拓真と巫女姫と集落の民だ。
英が前にも言っていた通り、この世界の道徳観は固まっていない。そういったものを浸透させるのは組織としての宗教だったり法律だったり、大衆の意見の集大成だったりする。
それらが確立されていない社会では、統率者の決断か複数での話し合いかはたまた大いなる存在が、集団生活を守る上での判決を下すのが慣習であろう。
そして、神は関与しないと明言した。
――人間が人間を裁く。
現在地は祭壇の間――と言っても、馴染み深い滝神の洞窟の中ではなく、ついさっき滝クニの戦士たちと北の部族が激しく殺し合った、地中の闇の奥深い場所。疎らに松明に照らされているのが、かえって不気味であった。
世界の腸(ハラワタ)を泳ぎ進むような重苦しい空気。肉体がその場になくてもなんとなく感じ取ることができる。
淀んだ空気は立ち会う人々の摩耗した心を表し、そしてこれから執行されねばならない罰に対する緊張感をも写した。
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