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そろそろ発言してもいい頃合いだと久也は判断した。と言っても、声を聴き取れるのは限られた数人だ。
(やられたからやり返すなんて安易な連鎖に逃げずに、ちゃんと向き合って共存の可能性を探そう。元々孤立気味だったこの集落の、より過ごしやすい未来を目指して)
提案した途端、聴こえる者の一人、サリエラートゥの視線が宙を彷徨った。声が聴こえても姿までは視えないのだろう。
久也は空中浮遊状態から地に降り立った。人だかりの唯一開けた位置に、歩み寄るイメージで、ススッと近付く。
(藍谷英――アンタの血肉は滝神に捧げて、神力として大地に還す。ゆくゆくはこの力を、大地に根付く総ての民の間での平和を築く為に使う。実りは平等に行き渡らせる。物々交換をはじめとして、交流を活発化させて)
「それが取引の条件か?」
(そうだな。この生贄システムの最後の一人になれ。それを自ら望んで、誇って死ね)
神への供物となることを至上の歓びと認めている者こそが最高の状態の生贄だと、最初に会った日に巫女姫は言った。そうしろと強いられた状況では到達しにくい状態かもしれない。だが、不可能だとは思わない。加えて英は体内に精霊と儀式を通して得た力がある。普通の人間が捧げられるよりは、遥かに滝神の神力の蓄えとなるはずだった。
「おれからの要求は簡単だよ。絶対に目を閉じないで。最期の瞬間まで、みんなの顔を焼き付けながら、逝って」
拓真は冷酷に近いほど真剣そのものの表情で命じた。
「両方の条件を満たせば民を殺さないと言うのなら、引き受けよう」
「殺さなくても、奴隷にするかもしれないぞ」
毒を吐くようにサリエラートゥが指摘した。
「奴隷か。生きてさえいれば、私には十分だ。問題ない」
「……冷たいな。お前は結局民を愛していなかった、利用していただけだ。この期に及んで命を守ろうとするのは、良心が痛むからか? 寝覚めが悪いからか? 寝覚めなど、もうお前には縁が無いものだ」
「なんとでも言え。そんなことより」
英は懐から革袋を取り出した。動ける体力があったのにも驚いたが、それよりも革袋が気になった。
曰く、振りかけるだけで物の鮮度を維持できる謎の粉らしい。地中で多数の死体が保管できていたわけだ。
「私を滝神の集落へ運ぶより、臓物のみを引き抜いて携帯した方が楽ではないのか」
自分のことなのにひどい言い様だ。
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