38.拓かれる未来

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 しかしこちらとしては断る理由が見つからなかった。むしろ、滝神の洞窟よりもこの空間の方が広い分、大勢の人間の前で見せしめとして捧げることができる。滝クニの民の士気を上げ、敵側の戦意を完全に削ぐことが。  滝神の巫女姫、サリエラートゥもその案に承諾した。更には特別に愛用の骨製のナイフを拓真に手渡した。そのやり取りを見て、久也は鉛を飲み込んだような心持ちになった。  背筋が凍るほどの静謐。  北の部族は意識のある者さえも皆大人しい。最初は長の容態を見て騒ぐ者も居たが、英が何かを呼びかけて以降は黙りこくっている。 「本当は凄く後悔してる。もっと早く後を追っていたら、こうなる前に英兄ちゃんに何かしてあげられたかもしれないって」  拓真は地面に膝をつき、横たわる男の胸の上にナイフの尖端を滑らせた。 声も手も震えていた。  英は胴体に刺さった箒を両手で掴んで、自ら引き抜いた。一瞬目を眇めた以外には、痛がる素振りを見せない。傷口からは最初は血がどくどくと溢れ出たものの、数秒の内におさまっていた。 「ふん。お前は馬鹿だな。どこかで人生に損してそうだ。当時十歳だったお前に何ができた? この世界で右往左往してる間に豹にでも喰われてただろうよ」 「ちょ、ヒョウの話はやめて。切実に」  拓真は大袈裟なまでに怯んだ。構わずに英が語り出す。 「私はお前たちのように滝神の集落に馴染むことができなかった。いつ寝首をかかれるのか、そういったことばかりを考えた……それは私の弱さだった」 「…………かもね」  ナイフの尖端があまり時間をかけずに行き先を定めた。 「結局私は、最も恐れていた結末を迎えるのだな。これも業(ごう)か」  生贄にされる未来を怖れて集落を飛び出した男の因果か。皮肉だったが、失笑の一つも漏れなかった。 「でもなぜかな。今はそんなに恐ろしくはない」  横たわった英は穏やかそうに腹の上に両手を重ね合わせた。 「あの少女は、苦しかっただろうか。意識がなくともどこかで痛みを感じていただろうか。せめて、『死者に逢わせる花』によって少しでもいい夢を見れたならいいが」 「知らないよ。そんなの」  対する拓真は傷付いているようだった。何に、は本人にしかわからない。  英は長いため息をついた後、カッと目を見開いた――
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