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「――さっさとやれ! 迷ったりしたら、精霊の力で再生される! いつまで経ってもやり遂げられんぞ!」
突如、促されたままに、刃が引かれる――
鋭い吐息と共にそれは首元を過ぎった。
誰かが息を飲むのが聴こえた。
「……すぐるにいちゃん……なんで、こんなことに、なっちゃったの……」
青年はいつしか手元を押さえながら激しく嗚咽していた。その身には返り血がたっぷりとかかっている。
英の言った通り、しばらくすると損壊された組織は再生をし始めた。これから速やかに臓物を全体から切り離す必要がある。
「もう、いい。さようなら……たくま、きみもはやくわすれて、自分の人生を……生き……」
目を見開いたまま、その男は言葉を途切れさせた。意識や魂が去ったのではなく、気管へのダメージで話せなくなっているのだろう。
確かに、誇らしげな顔だった。それを見届けた久也は満足した。
解剖の手順に沿って、男の胸はどんどん切り開かれていった。人体を切開したことなど一度もない拓真では、あまり丁寧にできない。サリエラートゥが代わった。
久也はただ見守るしかできない。
息がまだある生物が切り開かれる様というのは、それだけで相当なトラウマとなりえた。救助が目的なら全く話は別だが、今執り行われている作業は、蹂躙とすら呼べる。
数年に渡って導いてくれた長を失い、北の部族はこれから途方に暮れるだろう。意気消沈している彼らを見やって、思わず頭を振った。
(全部背負ってこれからも生きるのか。重いな。重すぎる)
久也は今回の件の後始末を含め、自分たちがこれから歩む道に思いを馳せた。
目と鼻の先では、英はもう息をしていなかった。
(やってやるさ。血ヘド吐いてでも、進んでやる)
生きるというのは、きっとそういうことなのだ――
*
眩い夢を見ていた。懐かしい、我が家での光景を。
そこは神も狂人も敵も巫女も居ない、普通の家の居間だった。空調のよく効いた部屋には、ほんのり美味しそうな香りが漂う。
「おかえり! お兄ちゃん!」
髪をツインテールに結んだ少女が台所から顔を出した。
「ただいま、朱音。母さんはまだパート?」
「うん。先に食べててねって」
「そっか。今日も大変だな」
バイト帰りの久也は上着を脱いでテレビをつけた。今日はカルボナーラだよ、と言って台所に戻ろうとした朱音が、はたと止まる。
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