05.旅をすれば食中毒

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 幸い、消化器官はまだピンピンしている。井戸から汲み上げられた水を飲んだりもしたので、明日からが問題ではあるが。回虫・線虫・条虫……と忌まわしげに唱えながら飲んでいたのは当然、久也だけだった。 「ねーねー、久也」  蛙の鳴き声の合間に、ふと呼ばれた。  互いに背を向け合って横になっているが、狭い家の中では、寝返りを打てば肩がぶつかりそうなほどに近い。そのため声も簡単に届く。  延々続きそうなマイナス思考から気を紛らわせられる、そう思って僅かに安心した。 「何だ拓真」 「…………香(かおり)ちゃん、大丈夫かな。落ち込んでるよね多分」 「あー……兄貴のみならずお前まで消えたんじゃ、トラウマになるかもな」  藍谷(あいたに)香の、あの最後に聴いた悲鳴を思い出す。これからは自責の念に捉われることとなろう。 「つーか相当ショックだろ。藍谷サンは、お前が好きだったんじゃないか」 「えー? 何言い出すんだよ急に。それはないよ」  肩越しに呑気な声が届いた。  やはりわかっていなかったか、と久也は心の中で嘆息する。 「急じゃあないけど……まあそれはいいとして。俺、いつか自分が死ぬ時は病気による肉体の衰弱か、交通事故かなと漠然と思っていたよ。異世界で生贄って、また随分と斜め上だなオイ」 「はは……やっぱりさ、最後に生きた人間が現れたのが二十年前なら、英(すぐる)兄ちゃんは死体として流れついて来たのかな」 「そういうことになるな」 「信じられない。あの英兄ちゃんが自殺なんてするかなぁ。十年前は海外の大学に受かったばっかりで、将来有望だったんだよ」  香と同じく、拓真は自殺の線を信じていないらしい。 「わからん。俺にはわからないことだらけだ。情報を集めるにも、謎を解くにも、当面の課題は言語の習得だな」 「そーだね。明日からがんばろ」 「だな。とりあえず余計なことは忘れて、寝るか」 「うん、お休み久也」 「お休み」  まるで魔法の呪文だったかのように、その挨拶を交わした途端に意識が霧に包まれて遠のいた。  なんてことのない、滝神(タキガミ)さまの御座(おわ)す郷(くに)で過ごした、それが最初の夜だった。
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