06.はしゃぐが勝ち

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 思い付く限りの動物や植物、その場にある物、実生活に必要な物、身体の部位、を一通りやりつくしてから、拓真は一旦手を止めて考え込んだ。 (家族? 人間関係の種類とか……時間感覚? は、ちょっとやりづらいな……)  昨日・今日・明日などの単語は知りたいが、どうやって聞き出せばいいのかわからない。きっと、そういう抽象的なのは文脈から読み取って覚える方がやりやすい。 (いっちょ、形容詞やってみるかな)  拓真は立ち上がり、昨日から着回している安物のジーンズをはたいた。  背後の久也を手招きする。次の言葉を彼にも実践して貰う為に自分の思い描くシナリオを話した。すぐに意図を理解して、久也は承諾した。  二人は子供たちに少し場所を開けてもらうようにジェスチャーし、隣同士の立ち位置に並んだ。  アイコンタクトでタイミングを合わせ、歩き出す。拓真は足早に進み、一方の久也はゆったりとした足取りで前に進む。 「これはなに?」  知っている言い回しが限られているので質問が少し不似合いになるが、歩きながら拓真が久也を指して訊ねた。 「歩く!」  綿飴ヘアーの子が真っ先に得意げに言った。 「うーん、ちがう」  歩く、の単語はさっき聞き知っている。求めている単語とは違う。  二人は一度立ち止まってから、また実践を繰り返した。 「ちがう」  言いながら、自分と久也を交互に指す。同じように歩いているのに何かが違うのだ、そう伝えようとしている。拓真は更に大げさに早歩きをした。  子供たちは「走る」や「動く」とどんどん単語を出したが、どれも的を射ていなかった。  すると、八重歯の印象的な十歳未満の男の子が何かを叫んだ。 (ん? 今のかな)  彼の前に立ち止まり、もう一度言ってもらうように促す。  少年は二つの言葉を順に発音した。それでも拓真と久也の反応が薄いからか、彼はニコニコ笑いながら両手を挙げ、激しく振った。最初に発音した、短い言葉を繰り返した。 「『速い』!」  次いで手を振る速さを極端にゆっくりにして、もっと音節の多い単語を口にした。 「『遅い』!」  ピンと来るものがあった。 「それ! 遅い、速い、それだよ」  嬉しくなった拓真は少年の両手を取って何度も握手した。 (ああもう、もどかしいなぁ)
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