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ありがとう、と言いたいのに、そのたった一言をまだ知らない。誰もが知っていて、誰もが使いこなせるはずのありふれた言葉なのに、これもまた聞き出すのが難しい単語だ。次に巫女姫が神力を使ってくれた時に絶対に教えてもらおう。
仕方がないのでニコニコと笑ってみせた。どうかこれで感謝の意が伝わっていますように、と願いをこめながら。伝わっているのか否か、少年も歯を見せながら笑うので、互いに数秒ほど笑い合うことになった。
「あなたたち、――――をする――!」
頭にかごをのせた中年女性が土手道を上ってくる。色鮮やかで身体にぴったりフィットしたドレスがかっこいい。
「えー! やだー! ――――!」
七人の子供たちが一斉に拒否を声に出す。女性は更に何かを怒鳴った。
言っていることはほぼわからないが、何かをするように命令しているらしいのはわかった。
ふいに女性の意識がこちらに向いた。
「白人(バムンデレ)、あなたたちも―――おいで」
「え、なに?」
「――――――――、来なさい。――――なる」
女性はえくぼを浮かべた人の好い笑顔を見せた。
何だろう、と拓真は久也と顔を見合わせる。
「まあついて行けばいいんだろ」
「そうだね」
害意を感じないので、二人は特に疑問を抱くこともなく女性と子供たちについて行った。
昼前の空気は程よく暖かく、陽の光がぽかぽかと気持ちいい。
拓真は思いついたままに鼻歌を口ずさみながら歩いた。
やがて、河辺にたどり着く。
先に来ていたらしい十人くらいの人々の群れがこちらに気付いて大きく手を振った。
「これ、――――」
河辺で何かの作業をしていたらしい女性が足元の盥を指し、片腕にかけたタオルっぽい布を差し出す。
雰囲気的に「使ってね」と言っているような気がする。
「盥をどうしろと言うんだ」
前に立つ久也が不思議そうにひとりごちた。
拓真も不思議に思ってきょろきょろ周りを見回した。子供たちは母親と思しき大人の女性に首根っこを掴まれたり引きずられたりして、そのまま強引に衣服を脱がされている。
――脱がされている?
「ああああ! 行水タイムキター!」
河に踏み込み、盥に水を溜めて戻ってくる女性たちを認めて、拓真は確信した。子供たちは盥の冷水をコップで掬い、頭から被っている。
「とことんブレねーな、このクニは!」
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