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あれから現地の警察には勿論捜索を頼んだし、私立探偵を呼んだり、藍谷家の人間も直々に何度か捜しに行っている。にも関わらず、十年の間、どれだけ海を探っても手がかりの一つ……遺書や本人が履いていた靴ですら、見つかることは無かった。
――さすがにもう、葬式を挙げてやろう。
今年に入ってから香の両親や親戚がそんなことを言い出した。香は断固として受け入れなかったが、反対を押し切ることはかなわず、とうとう夏になってしまった。
せめて現地に赴いて気持ちの整理をつけたい。香はそれを願って、葬式の日時が迫る前に台湾に行こうと計画を立てた。
ところがいざとなると一人で行くのは心細く感じる。
そんな香にとって十年前に失踪した兄は、近しい友人との会話では話題にしづらく、事情を知っている友達は数少なかった。
そこでかつては英ともよく遊んだ幼馴染の拓真に白羽の矢が立った――。
「そうよ。お兄ちゃんはきっと神隠しにあって、十年経った今だからきっと戻ってこれる。だって、自殺でも事故でも無いのなら、他に何があったというのよ。帰ってくるわ、絶対」
非現実的な妄想を生み出している香に対して、二人の青年は苦笑し合った。
「なあ、藍谷サン。そんなに崖っぷちに立ってると危ないぜ」
「久也の言うとーりだよ香ちゃん、もっとこっち来なよ」
「イヤ」
聞く耳持たないのか、彼女は微動だにしない。
「香ちゃん…………」
困惑気味に拓真が再度声をかける。香は頭を振るだけだった。
そっとしておいてあげるべきだ、そう考えて二人の青年は崖から離れる。
各々、レインコートのポケットに手を入れ、思案した。台風が訪れるのは今からどのくらい先だろうか。いくら時間が惜しいからって、着いたその日に崖に行くことなかったのに。天気が崩れるとわかっていながら、無茶だ――
「きゃあ!」
突風が丘を吹き抜けたと同時に、香が小さく悲鳴を上げた。
拓真と久也は慌てて振り返る。風に当てられたせいか、香がよろめいているのが見えた――手摺りに手を伸ばしてもうまく掴めず、濡れたテラスの上で足を滑らせている。
迷わず二人は走り出していた。元々足が速い拓真の方が先に香の傍まで駆け寄り、その細腕を引くことができた。位置を入れ替わるように、崖っぷちから引き離した。遅れてやってきた久也はしっかりとした足取りで手摺りまで近寄り、確かめるように触れた。
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