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挑戦者は「ふんっ」と豪快に己の胸を叩いた。何か罵る言葉を連ねているようだが、ヒヤリング能力があまり高くない久也には、速すぎて何を言っているのかわからない。おそらくは、油断を誘う手口だ。
王者は無言で半歩下がって構えた。その手には乗らないらしい。
雄叫びをあげながら挑戦者が掴みかかる。
対する王者は伸びてきた手をかわす。巨体に似合わず軽やかなサイドステップで、猛進する相手を避けた。そしてくるりと半回転、対戦相手の背中に飛びかかった。
ドスン、と二人は砂埃を大量に舞わせて地に倒れ伏す。
「立て! 立てえええええええ!」
観客が色めき立った。王者に押さえつけられた挑戦者が雄叫びで応じる。
「まだだ! 諦めたらそこで試合(略)だよ! 戦え! 立て直せ!」
拓真も仁王立ちになってマクンヌトゥバ語で色々叫んでいる。途中で日本語が混じっているが。
挑戦者は手足をばたつかせるも、いつの間にかその首回りに太い腕が巻き付いている。
(どうなるんだ?)
手の中のコップをぎゅっと握りしめ、久也も固唾を呑んで経緯を見守る。
「一! 二! 三! 四――」
「わあああああ」
声を上げたのは王者の方だった。前腕に歯を立てられての反応だ。
彼は即座に挑戦者の頭を空いた手で掴んだ。
相手の後頭部に、額を思いっきりぶつける。
見るからにどっちも痛そうだが、王者は顔色ひとつ変えない。
「がっ」
短い呻き声の後、挑戦者の動きが止まった。
束の間、観客の輪がしんと静まり返る。
審判が歩み寄り、レスラーたちの状態を確認した。挑戦者は完全にのびているらしい。
そして審判は勝者が再び立ち上がるのを待ち、その手を取って夜空に掲げた。噛まれた前腕には赤く細い筋が浮かんでいる。
「――――! この男、また、勝った!」
実際はニュアンスが少し違うかもしれないが、久也にはそう聴こえた。
「よっしゃああああ!」
「最強! 最強! 最強!」
「―――、よくやった!」
観客が拍手と歓声で応える。
歓声は数分ほど続いた。やがて巫女姫が優雅に席を立ちあがり、勝者の前に立つ。大男はすぐに巨体を折り曲げて跪いた。
「流石だな。お前の強さ、同胞として誇りに思うぞ」
「――――――――、ありがとうございます、姫。―――――――――」
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