08.浮ついた話と手がかりと

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「……そうだな」  去り行く父が最後に見せた表情だ。歳を重ねるごとにその記憶は怒りとやるせなさと共に呼び起こされるようになったが、あの日は寂しさ以上に怖かった。慣れ親しんだ家庭が知らないナニカに変化していくのが不安で、どうすればいいのかわからなかった――。  今更思い出してどうなる記憶でもないので、久也は張り直し終えた網を立てる作業に集中した。一端のポールを手に持ち、網がピンと張るまで拓真から離れ、程良い距離に立ってからそれぞれポールを土に刺し込んだ。  離れた位置で同じことをしているまとめ役の男性に向けて手を振り、頼まれていた分を張り終えたことを知らせる。 「って、大切な人って、お前まさか巫女姫に惚れたのか」  ノルマを達成した二人は朝食を求めに台地へと続く道を歩み出した。朝食の後はサリエラートゥと、アで始まる名前の戦士三兄弟と沼沢林に行く予定である。 「う~ん? 惚れ? たのかはわかんないや。好きだし話してると楽しいよ。見た目はまあ、どストライクですケド」 「そーいやお前は活発系女子が好みだったな。中学の時は近所を毎日走ってたお姉さん、高校の頃は水泳やってた先輩とか同じクラスのバレー部員と付き合ったっけ」 「懐かしいねえ。そうだったねぇ」 「その割には、何故か藍谷サンとは幼馴染止まりだったな」  そう指摘してやると、拓真は「ないない」と手をひらひら振った。 「香ちゃん? ヤメテヨー。家族ぐるみの付き合いだから家族みたいなもんだし。大体、小学生の頃は取っ組み合いの喧嘩とかしまくったんだよね。活発は活発でも可愛い顔して凶暴だったなぁ、香ちゃん」  あっちは「好きな子ほど苛めたく」なってただけな気もするが、久也はそれ以上は突っ込まないでおいた。  藍谷香は百点中九十点以上の美女であると同時にやや攻撃的な性格の持ち主で、一対一では関わりたくない相手だった。それゆえ知り合った年月は長いのに社交辞令以上の言葉を交わした回数は数える程しかない。あまり知った風に語る権利は無いだろう。 「ていうか、巫女姫だって凶暴だぜ」  久也は無意識に左胸に指先を触れた。神力の威力で治りは早くても、結局傷跡が残っている。 「サリーのあの、しっかりしてて強いのに時々見せる可愛さがグッと来るんだよ」 「…………なるほど?」  拓真の言う可愛さが何なのか心当たりの無い久也は、簡単な相槌を打った。
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