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「こんな低い手摺りだけじゃ心もとな――」
久也が言い終わるより先に、メキメキと何かが壊れる音が響いた。
音を出しているのは手摺りではない。
次に久也は目線を下へ落とす。足元の木板そのものが崩れていくのを、信じられない思いで凝視した。古びていたようには見えなかったのに。
「えええ!?」
今度は久也の腕を掴もうと身を乗り出した拓真だが、彼の足元もまた確かではなかった。
すなわち、同じように崩れている。
「う、嘘!」
どうしていいかわからず、香は無意識に後退った。
まるで映画のワンシーンみたいに、全てが無意味にスローモーションに映る。
――落ちて行く。
「拓真! 朝霧先輩!? 嘘でしょ、拓真――――――――!」
呼んだ瞬間、スローモーションが解けて二人は視界から消えた。
間髪入れずに暗い空に一瞬の眩い閃光が走り、数秒遅れで雷の音が轟いた。
やがて木板の崩れが止まっても、しばらく藍谷香は足が竦んでその場から動けずに居た。
*
怖がるどころではない。死が目前に迫っていると、逆に頭が冴えてしまうこともあるらしい。
どんどん近付いてくる映像は海面の包み込むような揺らめきではなく岩場の激しい尖りである。即死の予感しかしない。
久也は恐怖を超越した状態の妙に冷静な頭で、「二十一歳で人生終了か。ゴメン母さん、朱音(あかね)」と母と妹に謝罪していた。自分亡き後、二人だけで家庭を保っていけるのかひどく不安だが、圧迫された肺や胃が酸素もろとも不安を奪っていくようだった。
諦めの境地とはこういうものか。己の腕を掴んだままの親友の面貌をちらりと見て――驚愕する。
「うひょおおおおおっ! 超コエェエ! 超楽しいぃいいいいい!」
拓真はジェットコースターに初めて乗る子供ばりに興奮している。
「喜びすぎだ! ちょっとは儚い命を惜しめ!」
呆れて叫び返したが、納得もしていた。拓真は底なしに前向きで、何気にスリルが好きな奴だ。そういえばパラグライディング経験者だった気もする。が、それとこれとは別問題なはずである。
「やっぱここで死ぬんかな! ゴメン久也、最期がおれなんかと一緒で! でも面白い人生だった!」
「……まあ悪くはなかったな。同意せざるをえない」
「でしょ! ひゃっは――――!」
「人の腕で『ひゃっはー』すんな!」
――以上が、二人がこの世で発した最後の言葉となった。
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