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「そういうのは惚れてるって言わないのか」
「どうだろー。言うのかなあ」
拓真はへらへら笑って先を歩き出した。
目前に迫る台地にはあちこちで人々が起き始めている気配がある。
平和な話題に呼応するように、のどかな風景を暖風が吹き抜けた。
歩を進めながら、思考が別の路線を走る。
(現地の言葉を覚える以外にこれからどうすればいいのか……。手がかりは例の男か――)
*
「遠出は範囲に気を付けろ。お前たちが滝神さまの息のかかった領域を出たら、ことによっては、私が死ぬかもしれん」
「そう言うからには根拠は何だ? 前例があるのか」
宴の席で滝神の巫女姫サリエラートゥにそう告げられてから数十秒後、久也は質問を声に出した。
「前例は二十年前に現れた生きた界渡りだ。あの男が集落を脱走した後、当時の巫女姫が急死したと聞く」
「脱走って!? サリー、それじゃあその人まだ生きてるの!?」
驚愕に拓真が声を荒げた。近くに立つ戦士の三兄弟が吃驚して後退る。
「わからん。奴があの後どうなったのかは杳(よう)として知れていない。巫女姫の死が何かの帳尻合わせだったのか、時期が悪くて神力が不足したからなのか、その辺りもはっきりしない。姿を見せなくなった彼女を心配した集落民がある日、巫女姫の死体を洞窟の中で見つけた。滝の周りは姫の許可なくしては近付けない決まりだ」
「男が生きていると仮定して、居場所の見当は付かないのか」
「難しいな。前にも言った通り、この集落は孤立している。比較的距離の近い他の村とは折が悪く、唯一友好関係を築いている南の部族は一月以上もの移動時間が無ければ到達できない。たとえ奴がどこかで生きているとしても、情報を得るのは容易ではないぞ」
「そうは言っても詳しく調べる価値大有りだな」
「私も同感だ――が、今宵ばかりはもうそういう話はこのくらいにしよう」
サリエラートゥが席に深く腰をかけ、コップを手に取った。
水瓶を持った女性がいつの間にか傍に現れ、コップに乳白色の液体を注ぐ。巫女姫のコップが一杯になると次はこちらに来た。
「パームワインいかがです?」
前に食事を差し入れてくれた女性、ユマロンガが可愛らしい声で訊ねる。大きな黒目と目が合った。
「要らない」
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