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久也は頭を振って断った。パームの樹液を発酵させて作ったこのパームワインとやら、味は甘酸っぱくて炭酸飲料みたいにちょっと泡が出るのは良いのだが、どうにも胃との相性はあまり芳しくないのである。病み上がりな消化器官に無理をさせたくない。
「飲む飲むー! 一番濃いヤツ!」
そこで拓真が自分のコップを差し出して言った。
「これは、二番目に濃いの。一番は、――――。あっちで、――――――」
ユマロンガは目を伏せて急にたどたどしい話し方になった。
逃げ出さない辺りは進歩したのだろう。それでもピンポイントによそよそしい態度に、拓真が不満そうに口を尖らせた。
「久也とは普通に話すのに何でおれとは目も合わせてくれないの?」
内緒話のように日本語で会話をする。
「お前は誰が相手でも気付かないな」
「ん? どゆこと」
「なんでもない。どこの世界に行こうと変わらないものもあるんだな」
久也は頬杖ついて、鈍感な友人を横目に一人にやっと笑った。
*
そんなエピソードもあったのだが、そのユマロンガが今また、何かの食べ物を差し入れに来ていた。
支度を終えて集落からいざ出かけようって時に駆け寄ってきたのである。
「マボケ。と、ンビカ!」
どういう心境の変化か、彼女は今度は食べ物が詰め込まれた籠を敢えて拓真の前に差し出している。普段着の半そでワンピースと手ぬぐいを身に着け、腕にはところどころ何かの粉がついている。いかにも厨房――正確にはこのクニの人間は屋外で料理をしているのが多いが――からやってきたばかり、な印象である。
「え? マボケ美味しいよね、って何コレ?」
混乱の所為か拓真の反応が日本語になっている。
マボケとは魚をバナナの葉に包んで蒸す料理で、ンビカはやはりバナナの葉に包まれた、瓜の種を砕いて肉などと調理したペースト状の食べ物である。どちらも食べる時までは包んだままにできるので携帯するには最適である。
ちなみにンビカの発音は「ム」或いは「m」を短く発音した「ン」なのだが、日本人にはそれを表記する術がない。
「くれるらしいな」
と、久也は一言答えた。傍に控えているアレバロロ、アッカンモディ、アァリージャはこちらの言葉を理解していないはずだが、空気を読んで頷いている。
「彼女なら『お弁当、外に出るって聞いたから』と言っているぞ」
巫女姫が横から助け舟を出した。
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