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「えー!? ありがとう!」
ぱあっと顔を輝かせて拓真が籠を取って腕にかけた。そしてユマロンガの両手を取って上下に振る。
持っている語彙を総動員し、「大切に食べるよ」みたいなことを伝えようと苦戦している。
うまく伝わらないのか、ユマロンガは困ったような声色で返答をしている。あーでもないこーでもない、と二人がジェスチャーを交えた応酬を繰り出した。やはり久也には内容がほぼ聞き取れないが。
「巫女姫。それで俺らはどっちへ向かうんだ」
サリエラートゥの背中に呼びかけると、赤銅色の肩が小さく震えた。
「…………北だが」
「? どうかしたか」
振り返った美女の顔からはいつもの覇気が遠のいていたように見えた。眉毛と瞼が下がり、何かを残念がっている様子だ。
(何だ、今の一瞬で何か地雷踏んだのか)
考えうる候補の数はそう多くない。
「呼び方か?」
「――っ」
僅かに反応があったので、向こうが続きを言い出すまで大人しく待つ。
「……民は習慣で私を姫と呼ぶが、お前たちがそれに倣って呼ぶことはないから……。タクマはサリーって呼ぶのに、ヒサヤはいつまでも『巫女姫』で、寂しいというか……」
いつになく頼りない話し方である。
「つまり名前で呼んで欲しいんだな」
「まあ……そうだ」
「へえ」
よく思い返してみれば、拓真がサリーって呼ぶ度にちょっと嬉しそうな顔をしていたかもしれない。
――そういうことは遠慮なく早めに言えばいいのに。
「わかった。今後はそうするよ」
「我侭言って済まないな、ありがとう」
そう言ってサリエラートゥが少しだけはにかんだ。
(なるほど、可愛いな)
久也は再び前を向いた彼女の背中を眺めつつ納得していた。
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