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沼の中心は浅く、水気が溜まっていた。象たちにとっては水を飲める場所であり戯れる場所でもあるらしい。濃い灰色の巨体が鼻を絡めたりして騒がしく遊んでいる。
ふいに拓真は肩トントンされたので、くるんと後ろを向いた。
戦士アァリージャがにこやかに笑って何かを提案している。
「あそこ――、走る――――」
走る動きを真似て手足を動かし、チラチラと沼の右端を伝った先へ視線を飛ばしている。
(競走しようって言ってるのかな?)
そう解釈して拓真は大きく首肯した。面白そうである。
「いいよ!」
更に笑みを広げて、アァリージャがサンダルを脱ぎ捨てる。
何だかよく知らないけれど、と拓真もそれに倣う。顔を上げればアァリージャの兄である戦士アッカンモディがそこに居た。音一つ立てずに近付いてきたらしい。
彼がパンと手を合わせたのがスタートの合図だった。
「蛭に気をつけろよー」
久也の声が背後に遠ざかる。蛭は嫌だけど、もう走り出しているので止まらない。
最初は草と土の上をアァリージャと並んで走ってたが、ある地点を境に草を踏む瞬間に水が足を撫でるようになった。
(当たり前だけどつっめたーい!)
だがその衝撃もまた気持ちいい。
足首までだった水が次第に膝くらいの高さになる。水飛沫をバシャバシャ飛ばして走った。
水の中を走るのが少し億劫だった。しかも着地点は柔らかいばかりでなく、石や木の枝も混じっていて時々足の裏が痛い。
「だからって、負けたくはないんだけど、ね!」
筋力が脚の長さの違いも相まって、アァリージャから少し差をつけられている。
――あの背中に追いついてみせる!
上半身を前に傾け、太ももに力を集中させた。
こう見えても高校生時代は陸上部員だったのだ。トレーニングでプールの中を走らされたことだってある。
風が髪をめちゃくちゃにする。
視界は滲み、息が切れ切れになる。
一歩前へ飛び出して地に着く度に、身体が揺れて震えた。
(あと二、三歩の差――紙、一重、なのに……!)
茶と緑が迫った。
これ以上走ったら木々に激突する――
――ドン!
本当にアァリージャは減速せずに木にぶつかっていた。
「あ、やば!」
一瞬意識を取られ、拓真も隣の木にぶつかった。
激痛と共に目の前が真っ暗になった。
そして視界は星を散らしながら徐々に回復する。
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