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ゴッ! となんとも言えない音の後、腕の中の身体から力が抜けた。
「し、死んでないよね」
立ち上がり、手首の脈を確認する。大丈夫そうだ。
「拓真、後ろ!」
どこからか聴こえる久也の警告の声。
振り返れば、踵を振りかぶっている男の険しい顔が視界を満たした。
かと思えば、男のこめかみに物凄い速さで棒がぶち当たる。奴が気絶してくずおれると、その背後には不敵な笑みを浮かべた美女が居た。
彼女は片手を腰に当て、片手で棒をブンと振り下ろした。棒はただの太めの木の枝である。
思わずときめいた。
「助かったよサリー! その辺の物を武器にするなんてかっこいいね!」
「それは私の台詞だ。タクマは戦士に向いてそうだな」
「いいねー、ちょっと興味あるかも」
「喜ばしいことだ。是非鍛えてくれ」
振り向けば、ちょうどアレバロロが鼻輪の男の顎下に劇的にアッパーカットを決めている所だった。アッカンモディなんてナイフの柄で自分の敵手の上顎を殴り、前歯の一本も叩き出している。
どちらも見ているだけで痛くなりそうだ。
「でもフィクションは良いとして、リアル暴力って好きじゃないんだけどねー。おれは平和主義なんだよ」
微妙な顔をして一連の展開を見守っている久也に向けて言った。
血の色も臭いも、本当は嫌いだ。特に他人の血。
「知ってるよ。時々やむを得ずプロレス技出すような奴だけど、平和主義なんだよな」
「それって皮肉?」
「お前が人の間の軋轢みたいなのを嫌ってて、乱暴な手を使うのは苦肉の策だってことはちゃんと理解してるぜ。適度に距離をとって妨害しろっつったのに結局やり合ってるし」
「うん、間に合わないと思ったからね」
殺伐とした現場に呑気な会話が交わされた。
やがて、痛みに喘ぎうずくまるリーダー格の男の傍に巫女姫が近寄り、顔を覗き込んだ。
「残念だったな。『滝神さまの御座す郷』は貴様ら北の部族に奪われるものなど何一つ持っていない。おめおめ長の下に逃げ帰って、そう伝えるがいい。調子に乗るなよ、と」
招かれざる客たちが恨めしげな罵声を吐きつつその場を去った頃には、もうとっくに象の家族は沼沢林から居なくなっていた。
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