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「黒い穴つっても特殊な穴だよ。光を含めたあらゆる物質を吸い込んで呑み込んでしまう引力を持った、宇宙に存在する高密度の……それを胃袋にたとえて……悪い、もうなんか説明するのがめんどくさい」
「う、すまん」
「別にアンタが謝ることじゃないぜ」
未だにぐったりと肩を落としたまま、久也はベンチの隣の木の幹にもたれかかった。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。精神的に疲れてるだけだから。アンタはよく平気だな……って、儀式中の記憶は残らないんだったっけか」
久也は平常運転に喜怒哀楽を表している巫女姫をじっと見た。彼女いわく、儀式はトランス状態に入って行うものだったとか。
そういえば始まる前は身を清め、全裸になって赤(レッド)い黄土(オーカー)で特殊な模様を塗っていた。そして妙な酒を飲んでから、巫女姫は取り憑かれたかのように機械的に作業を進めるようになった。
「そうだな、儀式中は出来事に対する意識はあるのだが、それを自身の身体と心で経験している実感が無いな。切り離されたような感じだ。だが夢の中で記憶として再現されることはあるぞ」
「恐ろしくなって目が覚めないか?」
「たまに。でも大体は起きた途端に内容を忘れていて、後味の悪さだけが残る」
なるほど、と久也は相槌を打った。
会話はそこで途切れた。
(しっかし暑いな)
何かに抱き付かれていると錯覚するほど、今日の空気はたっぷりと熱気と湿気を含んでいる。風も無い。エアコンや扇風機の無い世界で涼みたければ、もう水を被るとか穴を掘って入るくらいしか残ってないのではないか――?
こうなったら坊主頭に刈るかな、などと思っていたら、
「お前が扇いでいるそれは何だ? 布切れか」
サリエラートゥの呼びかけが静寂を破った。彼女の指差す先には、五枚重ねた綿製の布があった。右手の中に握っていたそれを無意識にうちわ代わりにしていたらしい。
「紙の代わりだよ」
と、久也は答える。知識や語彙の吸収を早める為に、仕立屋から余った布を貰って、黄土(オーカー)でメモを記すことにしている。
「紙?」
何故ならこのクニには紙どころか文字という概念が無いからである。
「色々書き留める為だよ。えーと、文字って言うか……絵で、思ったことや起きたことを残すんだよ」
「出来事を残した絵なら洞窟にあるじゃないか。お前が書く必要など」
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