11.キロク

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「それは集落や神様といった規模の歴史だろ? そういうのだけじゃなくて、自分が忘れたくないものも書くんだよ」 「忘れたくないことは覚えていればいいだろう」  理解できなそうにサリエラートゥが眉根を寄せる。 「人間が覚えられる量には限界があるんだよ。他にも、人に伝えたいこととか書けるし」 「口で伝えればいいんじゃないか」 「自分が死んだ後にも残す場合は?」 「それも、誰かに伝えてもらえばいいはずだ。そうやって先祖から伝承が受け継がれてきた」 「……それはいいんだけど、正確さに欠けるからな」 「せいかくさって何だ? ヒサヤは相変わらずわけのわからないことばかり言うんだな!」  知恵熱で爆発しそうな顔で、サリエラートゥが手足をバタバタさせた。普段の巫女姫の姿とは違う、ただの小娘みたいな反応になっている。忘れていたが、十代後半くらいの歳なのだった。 (面白い)  久也は木にもたれかかっていた体勢から起き上がって、彼女に向き直る。 「遠い所の、会ったことも無い人間と言葉を交わすことができるんだ。自分の言いたいことを寸分違わずにな。それに会うはずの無い、過去や未来の人間とも自分の身に起きたことや考え方を教え合える。凄いだろ? 文字、それか記号ってのは」 「そんなものが無くても私は過去の巫女姫の名前や人となりを知っているぞ。先代のオビンナ、先々代キトゥンバ、三代前のイパンガ、それから四代前の………………」  顎に手を当てたまま、サリエラートゥが黙り込んだ。そら見ろ、とは言わずに、久也は様子を見ることにした。 「四代前……ん? そういえば四代前のマヴルマは何かを残していたぞ。お前の言っているモノと同じような」 「残してたって? 記録!?」  なんとなく胸が高鳴った。 「キロク……そうだ、記したモノの連なり……四代前の巫女姫、マヴルマは母親が遠い東の部族の出身だった。あの頃は東と交流があってな。東の民は粘土の中に変な記号を彫る習慣があった」 「く、楔形文字かな。まさかとは思うが」 「わからん。洞窟のどこかにまだ残っているはずだ。見るか?」 「見る。超見る」  もう先ほどまでの億劫な気持ちが吹き飛んでいた。 「けどアンタの許可がないと滝には近付けないんだったな」
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