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握りこぶしを作って何度か瞬いた。三度目に瞬いた後、いきなり目の前に顔があった。
「ヒサヤ」
「ぅわっ」
のけぞる。
深い輝きを放つ黒い双眸に何故か心がざわついた。こちらの心中を知らない美女は艶やかな唇を動かした。
「何だその声は、人を化け物みたいに。長いこと呆けていたが、そんなに滝神さまが素晴らしいか?」
「……壮大だなとは思っているよ」
「そうかそうか。さっき滝神さまに語りかけていたな。我らが母神と語らう気になっているとはいいことだ」
巫女姫サリエラートゥは嬉しそうに頷く。内容までは聴こえなかったのだろう。
「ほら、入るぞ」
サリエラートゥが滝の後ろの洞窟へと繋がる横道を指差した。彼女の背中に続いて久也は歩き出した。
入り口に至り、気付く。
今朝の凄まじい死臭がなくなっている。
換気なんてできるはずがないのに、暗闇の中を歩けども歩けども、確かに鼻腔は仄かな水の匂いだけを拾っている。ならば空気は何処へ流れて行ったのか、いよいよオカルトじみてきた。
(俺が認めようとしないだけで、最初からオカルトだったんだな)
祭壇の前、生贄だったパーツが消えて行った穴の中身は今どうなっているのだろうか。懐中電灯があったなら、照らした先には土のみが見えるのか――?
「ていうか、灯り使わないのか」
さも当たり前のように手ぶらで闇の中を進み始めたサリエラートゥに向けて言った。こっちは壁に片手をつけてついていくのに必死だと言うのに。一本道だとわかっていても、足元が覚束ない。時折聴こえてくる動物の鳴き声も気になる。
「ん? しょっちゅう行き来しているからな、鍾乳石の位置だって見なくてもわかる。誰かが一緒なら松明を使うが」
「真っ暗じゃあ粘土板も見えないぜ。指先で文字を読み取るのはちょっと無理がある」
「はっ、そうだったな。祭壇に着いたら点けよう」
「!?」
サリエラートゥがいきなり後ろを振り向いたらしい。姿が見えないので判断材料は吐息の微かな熱。
それから壁を伝わせている右腕に何かが押し寄せた。袖の布越しに革の感触があり、その先にはやわらかいナニカが――
「急に黙り込んでどうした」
「……………………それを俺に訊くのか」
「は?」
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