13.もちをつけ

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 声をかけられて振り返った。そこにはライチの実を一杯に集めた籠を抱えたユマロンガが居た。いつもの手ぬぐいと半袖のワンピース姿で、つぶらな黒目をぱちぱちさせている。 「フフ作ってる女の人だよ。あ、一個ちょーだい」 「一個と言わずに三個あげるわ」  彼女は籠の中に赤銅色の手を突っ込んで、皮の剥かれていないライチを一握り取り出した。 「ありがとー! ユマちゃん」  一月以上も居れば人々とは打ち解け、当初はあんなによそよそしかったユマロンガとも徐々に会話をするようになった。主に拓真が彼女の振る舞う料理を求めてしつこく会いに行ったのが原因ではあるが。  全体的に、言葉は大分通じるようになっている。勿論個人差はまだ残る。同じことを言っているはずでも、発声や発音がはっきりしている人とちょっとくぐもって聴こえる人などとパターンが存在する。未熟者にとってはその差は大きい。  たとえばサリエラートゥやユマロンガは喋り方がはきはきとしていて聴き取りやすく、話していると楽しい。ただしユマロンガの場合は節々で言葉が速すぎて「なんて?」と何度も訊き返すこともある。 「……前から思っていたのだけど、その『ユマチャン』って何? あたしはユマロンガって名前よ」 「ごめん、つい。おれの国では女の子の名前にチャンってつけるのは愛称なんだよ」 「あっ、愛称? 何であたしがアンタに愛称で呼ばれなきゃなんないの」  ライチの皮をぺりぺりと剥がしていた拓真は顔を上げた。 「え、嫌なら止めるけど」 「嫌というほど嫌でも……無い、ような……」  何故かそこで彼女は籠を抱え直して視線を逸らした。  なんだかよくわからないので拓真はライチの肉を味わうことに専念した。 (甘い~)  うっとりして一個目を食べ尽くした。中心の大きな種は近くの茂みの中へと吐き出す。いつか木になってくれないかな、などとこっそり期待しつつ。 「あら、あれってヒサヤさんじゃないの」  ふいにユマロンガが言った。 「ほんとだ! ひさやー!」  横の土手道を上ってくる人影を認めて、拓真はぶんぶんと手を振った。  朝霧久也は心ここにあらずといった様子で地面を見つめながらぶつぶつ言っていたようだが、拓真の声に応じて止まった。 「ああ、拓真」 「なんか日中に会うのって久しぶりだね」  日本語に切り替わって話しかけた。
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