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授業や勉強やバイトやサークル(時に合コン)に明け暮れていた日々と違ってのんびりとした過ごし方ではあるが、毎晩充実した気分で眠りにつける。
しかしどうにも、物語の主人公に比べて暇が有り余っている気がする。自分たちは魔王を倒すやらどこぞの王女の結婚相手を探すやらドラゴンを育てるやらと言った大きな目的を果たす為に異世界に生きているのではない。目的があるとすればそれは元の世界に帰ることだけであり、突き詰めてみればその目的は自分たちの為にしかならない。この世界の為に自分たちが貢献できる「何か」にならない。
(貢献……元の世界……あ、ダメだ、頭痛くなってきたー。おれ久也みたいな合理的な考え方向いてないし、はあ)
外の雨が五枚重ねの藁の屋根を豪快に叩いていてうるさい。擬音語に直すなら、ドダダダダドドドド、を延々繰り返した感じだ。元の世界なら雨が屋根を叩く音は眠りに誘う子守唄(ララバイ)なのに、この世界では目を冴えさせる遁走曲(フーガ)だ。
寝返りを打ち続ける拓真の耳が、ふいに不協和音を拾った。
「――が落ちて――――」
「姫さま、どうすれば――」
「――――――誰か助け――」
パニックに彩られた複数の声。拓真は瞬時に跳ね起きた。
雨に打たれるのも気にせずに家を飛び出て、人が集まっている場所へ走った。
「どうしたの!」
その呼びかけに最初に振り返ったのは巫女姫サリエラートゥだった。濡れた髪が卵型の美顔にところ構わずくっついている。
「タクマか! 水辺で遊んでいた子供が――」
「河に流されたの!?」
――子供の管理ぐらいちゃんとしようよ! と、叫びたいのを我慢した。
「いや、違う。以前からあった池が、連日の雨で膨れ上がっていたのだ。子供たちはそれを面白がっていたのだが、深さに気付かなかった」
「サリー、その池っておれもたまに猛暑日に遊んでたでっかい水溜り?」
「ああ」
――って、そもそもこんな豪雨の日に子供を外に出しちゃダメじゃん!
なんて今は咎めても時間の無駄だ。
「誰か浮き輪……じゃない、何か浮くものない!?」
拓真は集まっている人の群れをざっと見回した。
「我が家に余った薄い版が」
男性が一人、手を挙げて提案した。
「じゃあ早く持ってきて! それと縄もね!」
拓真は池に向かって走り出した。場所はそう遠くないので、ものの数分で着いた。
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