01.普通に恥らえばいいのに

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 足が勝手に動き出した。 「待て拓真。早まるな」  久也の制止の声もむなしく、拓真は美女に惹かれて草をかき分け始めた。  間もなくして女性が素早く顔を上げる。  白目のくっきりした美しい黒瞳と柳のような眉毛が目ヂカラを引き出していて、思わず息を呑まずにはいられない。無表情なのにそれがまた綺麗だ。 「こんにちは!」  気付かれたからには歯切れのいい声を出して挨拶をした。拓真は精一杯のいい笑顔を向けてみた。 (ダメかな……やっぱ怒られるかな……)  何故か桶を投げられる想像が脳裏を過ぎる。一体どこのベタなラブコメ漫画展開だ、とさすがに自分で突っ込んでしまう。  女性は無表情のまま、局部を隠す素振りもなく、木の幹から飛び降りて踵を返した。 「ま、待って!」  一瞬だけ見とれて固まってしまった。遅れて呼び止めようとする。  女性は拓真の声など無視して、茂みへと何かを取りに行っていた。そしてそれを掴み上げてまたくるりと回って戻ってくる。  長い棒状の、先端が灰銀色に輝いている代物だ。 「槍!?」 「じゃなくて、銛!?」  拓真の驚きの声に続いて、近くまで追いついていた久也の声がした。 「どっちでもいいから、逃げるぞ!」  久也が拓真の襟首を掴んで引っ張った。  二人は女性に背を向けて走り出すが、草が邪魔でうまく進めない。  女性は背後で何かを喚いている。 「見事に何語がわかんないや!」 「ああいう時は何語だろうとブチ切れてるんだよ!」 「そうだけど――って、うげっ!」  必死に逃げる二人の前に、更にまずい事態が訪れる。  女性の叫び声に引き寄せられたのか、茂みの向こうから十人ほどの人影が集まってきたのである。草が長いので人々の姿はよく見えないが、全員が揃って槍を構えているのはわかる。  拓真たちは途方に暮れて思わず足を止めた。  その隙に。  背後から、ドッ、と何かがぶつかったような音がした。 「何?」  肩から振り向いて状況を確かめる。  そこには、背中に銛を生やした親友の姿があった。衝撃で一度たたらを踏んでから、前のめりに倒れる。 「――――――っ!」  刹那、拓真の目の前が真っ赤になった。  気が付けば全裸の女性に殴りかかっていた。  それから先、何があったのかは、あまり覚えていない。
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