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池の中心にはバシャバシャと水しぶきを立てて暴れる八歳ぐらいの少年、そして周りには彼の友人と思しき子供たちとその他野次馬が居た。
すぐに拓真は疑問を抱いた。
(何であれだけ大人が居て誰も助けようとしないの!?)
誰一人として水の中に踏み入ろうとすらしていないのは、何やら信じられない。
「あ、アレバロロを呼べ!」
と喚いている人も居る。この状況で呑気に別の人間を呼んでる余裕なんて――
「無いんだよ!」
拓真はサンダルを脱ぎ捨てて水に入った。飛び込むほどの深さは無いだろうと想定しての判断だ。案の定、最初の数メートルは足が底についた。
やがて底がなくなり、拓真はクロールで中心まで進んだ。
溺れる人間を実際に助けた経験は無かった。ライフガードの訓練といえば、大昔に水泳の授業でクラスメートを助ける練習をしたことがある程度である。
(下手すると自分も引きずられるから、今しなきゃならないことは――)
状況の整理。それ以前に、対象を落ち着かせること。
「大丈夫! 大丈夫だから、こっち見て!」
「わああわあああああ」
少年はパニックのあまりに聴こえない。雨の滴が乱暴に水面を叩いている。
「落ち着けって!」
「うわあああ! マミワタだ、マミワタだあああ」
「落ち着けってば! 大丈夫だよ!」
人喰い人魚(マミワタ)の話は拓真もストーリーテラーの婆さんに聞いたことがある。それは日本で言えば海やプールの幽霊みたいなもので、実際に姿が見えなくても足が引っ張られたと感じれば人魚の所為だ、と人々は言う。
足に草でも絡まりついたのだろうか。
「ちょっと、黙って! 暴れるの止めなかったら殴って気絶させるよ!」
どうやらこの言葉は聴こえたらしい。少年はむやみに手足を動かすのを止めて、一瞬だけこちらをじっと見た。
「白人(バムンデレ)――」
少年の開いた口に水が入った。黒い双眸にまたパニックが走る。
「ストップ! 頼むから動かないで。今おれが行くから!」
「うううう」
沈みかける少年の細い肩をがしっと右腕で掴んだ。そして期待を込めて岸の方を向いた。
ちょうど木の板と縄を持った男がオロオロと巫女姫と拓真たちを見比べている。
拓真は腹に力を込めて叫んだ。
「板に縄を結びつけて! そしたらそっちが縄を持ったまま、板をこっちに投げて!」
巫女姫が誰よりも早く、指示に応じた。
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