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しかも投擲の腕も良かった。流石、サリー姫さま。非常時も頼りになる。
バシャ! と板は拓真の目と鼻の先に落下した。
「君、あれに届きそう?」
少年に訊ねると、怯えながらも彼は首肯した。
「抱きついてみて! そんで絶対放さないで!」
細い腕がおそるおそる伸びる。震える指先で板に触れ、引き寄せる。
少しの間を置いてから、彼は板に思いっきり両腕でしがみついた。ちゃんと掴めているのを確認して、拓真は少年から手を放した。
肺に息を溜め込んでから素早く潜った。少年の足に絡み付いた水草を見つけ出しては千切り、再び水面から顔を出す。
「もう引き上げていいよ、サリー!」
彼女は周りの男の手を借りて縄を引いた。
少年が岸に両足をつけるまでは安心できないが、とりあえずは救出劇は成功したようだ。後は自分も泳いで戻るだけ。
家族や友人たちに囲まれた問題の少年から少し離れて、拓真は濡れたシャツを脱いだ。もはや着ている意味が全く無いからだ。それにしてもこれだけ濡れているのに大して寒くないのが不思議だ。
「すごいぞ! そなた泳げるとはすごいな!」
誰かに背中を叩かれ、拓真はたたらを踏んだ。咄嗟に振り返った。
何か今、聞き捨てならない台詞を聞いたような気がした。
「……はいぃ? 待って。ちょっと、マジで、待って」
そうだ、先刻感じたあの信じられない想いの正体はそれだ。
「ちょ……河の隣に住んでるのに、っていうか滝の神様を崇めてるのに、泳げないの? 誰も!?」
「水の中には人喰い人魚が棲んでいる。入るわけにはいかんだろう。ゆえに誰も泳ぎ方など知らない」
巫女姫が腕を組んで言った。
「いやだってサリー、最初に会った時は水浴びしてたじゃん!」
「あれは……滝神さまの近くなら人魚は出ないからだ。浅いし、そう見えたかもしれないが、私は泳いではいない」
「まさかとは思うけど、さっき誰かがバローを呼べって言ってたのは、別にあの人が泳げるからじゃなくて……?」
「違うぞ。アレバロロは最も身長が高いから、底に足がつくのではないかと思ったんだろう。大抵誰かが溺れそうになると呼ばれる」
「うっそぉおおお!」
拓真は頭を抱えて仰け反った。理解の範疇を超えた考え方だ。
まだだ、まだ諦めてはいけない。一呼吸してから、再び巫女姫と目を合わせた。
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