15.忌むべき楽園

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(しまった、服と一緒に入り口に置いてきてた!)  行き場を失った手をなんとなく拳に握って、物音のした方向を睨む。  祭壇の左右の壁際にもベンチがある。雨宿りをしようと思って誰かが休むにはもってこいの場所だ。それも外部の人間でなければそんなことはしないはずだ。集落の民は皆、滝神さまの近くが立ち入り禁止区域だと熟知している。 「誰って……わかりきったことを訊くなよ」  完全なる闇の中から返ってきた眠そうな声は若い男性のものだった。爽やかと言えなくもない、程よく澄んだ低音。低音でも、濃厚に響く集落の成人男性たちと比べてトーンがやや細いのが印象的だ。  今となっては聴き慣れた声である。 「あ、ああ、なんだヒサヤか。いつから聴いてた。というより真っ暗なのに何をしていたのだ」 「いかがわしい想像をしたんなら安心しろ。寝てただけだから。いつから聴いてたのかっていうと、『拓真が怒鳴ってた』辺りで起きたと思う」 「って、ほぼ最初から聴いてたんじゃないか!」  恥ずかしさに火照る。とにかくベンチにまた腰を下ろした。  彼は更に「アンタの愚痴りスポットだったのか。占領してて悪いな」と付け加えた。  最近のこの男の行動パターンを思えば此処で遭遇することくらい想定の範囲内だったのに、今日に限って失念していた。  サリエラートゥは誤魔化すように話題を逸らした。 「試しに訊くが暗闇の中で一人営むいかがわしい行為とはやはり……」 「他人のそーゆーのはあんま深く考えない方が気楽に生きられるぜ」 「わ、わかっている。お前もタクマも妻の一人二人娶る年頃だろう。故郷には相手が、子供が居たんじゃないのか」 「妻ァ?」  ヒサヤの声が裏返った。次いでパッと起き上がる気配がする。そんなに意外だったのかとこっちも思わず驚いてしまう。 「無理無理。性欲は人並みにあるけど、特定の女の機嫌をずっと取らなきゃなんないのとか俺には鬱陶しいだけだ」 「……身も蓋もないな」  何やら苦笑を誘う言い方だ。 「それが事実だ」 「その言い草だと、試したことくらいはあるんだな」 「まあ、長くて一年付き合った相手は居たけど。祭日(クリスマス)直前に『貴方って実は私のこと大して好きじゃないんでしょう』って責められて振られた。なるほど、大して好きじゃないと言われればそうなのかもしれないと納得した」 「……冷めているな」
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