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そんな感想を伝えると、「ふぁ?」とのんびりとした欠伸が返った。実にどうでもよさそうである。
「本気で惚れたことがないと言えばそれまでの話だ」
「それは勿体ない気がする……」
どうしてそんな言葉が出たのか、サリエラートゥにはわからなかった。もしかしたら、自分が切望してきた機会をこの青年が自ら逃しているからであろうか。
巫女姫という役職に就いている以上、別の候補に引き継ぐまではサリエラートゥはずっと清い身で居なければならない。
よく考えたら、役割を全うしている内にいつも気が付けば日が暮れるのだから、恋だ愛だとそんなものに割く時間は無い。しかも民は無償で食物を分けてくれるしどんなことにも手を貸してくれるから、家庭を築かなくたって生活に困るわけじゃあない。
(ただ、皆が楽しそうだから)
集落の他の女性たちとたまに一緒に暇を過ごしても、入り込めない話題がある。決まってサリエラートゥは横から皆の恋愛話を聞くことしかできない。女性たちは舞い上がったり不安になったり、時には食事が喉を通らない程のひどい失恋をしたりと、何かと大忙しだ。なのにどんなに傷付けられても飽きもせずにまた誰かを好きになっている。
自分だってあの輪に混ざりたいと、何度思ったことか。
「サリエラートゥ」
「!?」
急に呼ばれて、己の意思とは無関係に鼓動が速まった。
名前を呼ばれたくらいで何だと言うのだ、落ち着け、とサリエラートゥは心臓に命じながら右手を胸に置いた。呼んで欲しいと頼んだのは自分だったはずだ。
(でも名を呼ばれたのは何年ぶりだろうか)
姉たちには大分前からずっと「姫さま」と呼ばれている。最後に実名を呼んでくれたのは、先年息を引き取った母親だけだった。
「な、何だ」
とにかく狼狽を必死に隠して返答をする。いつの間にか、愚痴を垂らしたい欲求は消え失せている。
「……? いや、外で何かあったのか? さっき拓真がどうとかって」
「ああ、それだったら――」
少年が溺れそうになったのをタクマが救ったという一件をかいつまんで話した。少年の家族が恩人であるタクマに抱き着いて離れなかったのが面白かった、とも。
「誰一人泳げないってスゲーな」
「お前もタクマと同意見なのか。ならば逆に訊くがお前たちの世界は誰もが泳げるのか」
「日本だったら教育の一環として学校で習わされるよ」
「?」
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