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「お、もうちょっとで顔が見えそうだな」
久也がそう言ったので拓真は再び行進に視線をやった。
輿に乗った男が歯を見せて笑っている。久しぶりにお目にかかるキレイな歯並びだ。ちょうど男の背後に沈む太陽が一層赤みを増し、わざとらしい派手さに飾られたように見えた。
その割に本人は見栄えがしない。体格は周りに比べてほっそりとしているし、多数の細かい三つ編みにされた長い黒髪が顔を呑み込んでいる。編み込まれたビーズの鮮やかさが注意を引いて、顔の特徴の印象が薄い。いや、それ以前に鼻までが髪に隠れている。
「よく来たな!」
ようやく輿が止まったかと思えば、乗り手は両手を天に掲げた。長が輿の上から声を響かせ、通訳係の人が意を伝える。
声から判断すると、想像していたよりも若そうだ。三十歳前後だろうか。
他の民と同じで長は褌一丁の姿である。鼻輪はしていないが、唇や耳などに大きなピアスが施されている。右の耳輪なんて直径10センチ以上はある。
「民とは全然似てないな。移民説の線が強くなってきた」
ぼそりと久也が呟いた。
「ホントだ」
確かに、輿の上の男の肌色はカフェラテとは言い難い。黄色っぽい地に日焼けで色素を加えたような――そう、ちょうど自分と同じような色である。
拓真は一歩近付いて目を凝らした。北の長の薄い唇と柔らかめの輪郭が確認できる。
もう一歩近付いてみた。主張の弱い顎や頬骨、細い鼻。やはり似ても似つかない――横幅の広い鼻や厚い頬と唇が特徴的な北の部族とは。
「何だ、異邦人。私の外見がそんなに珍しいか?」
長は流麗なマクンヌトゥバ語で問いかけた。相変わらず顔の上半分は隠れていて、髪の合間に見える黒い瞳がどこか不気味だった。拓真が何かを発言するより早く、巫女姫が進み出る。
「そなた、我々の言葉が話せたのか」
「総ての言語を知らねば陰口を叩かれてもわかるまい。人を束ねる者ならばこの程度は基本だよ、巫女姫」
「残念だ。では貴様らの陰口を囁けるように、次に会うまでに新しい言葉を創っておこう」
「それはいい! 楽しみにしているよ」
はははふふふと、サリエラートゥと長が白々しい笑い声を交わす。含まれる悪意に拓真は微かに身震いした。
「立ち話も何だから、そろそろ腰を落ち着けようか」
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