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「もう一人は混血――――――、お前『East Asian』だろう? 色々と質問がある」
したり顔の長が耳打ちする。
一言だけ英語が混じっていたのを久也は聴き逃さなかった。
そして今の言葉の選び方にも情報は潜んでいる。西洋人は昔は東洋人をOrientalなどとまとめて呼んでいたが、近年はアジアンをもっと細かく分類して指す人が多くなっている。「東アジア」はモンゴルを含めた中国大陸・朝鮮半島・台湾・日本列島辺りを意味する。
そういうアンタこそ東アジアンなんじゃないか、と言ってやりたいが、残念ながら久也のマクンヌトゥバ語力では語彙不足だった。
「――ヒサヤ!」
「!」
必死な形相で駆け寄る少女を目にした途端、冷水を浴びせられたかのような衝撃を覚えた。
(忘れてた。連れ去られるって選択肢は、存在しないんだった!)
生贄が滝神の息のかかった範囲から離れたら巫女姫が急死するかもしれない、という可能性が脳裏を過ぎる。
「おっと、少しでも動けば、この男の腕――――ぞ」
後ろに折り曲げられた左腕にぐっと圧力が加えられた。腕を折るとでも言ったのだろう。
骨折くらい何でもないから俺に構わずに安全な方へ行け、と言えるような人間だったら良かったのかもしれない。だが久也はそんな言葉が気休めにもならないのはわかっていた。彼女が窮地に陥った人間を置いて逃げたがるとも思わない。
(別の打開策を探せ)
サリエラートゥを救いたい、しかし彼女だけを逃がして自分が攫われてもアウトだ。己の所為で誰かが命を落とすくらいなら、潔く内臓を捧げた方がずっとマシだ。
「巫女姫は傷つけるなよ。生きてた方が利用価値がある。可能なら連れて行け」
「はい――」
長の命令に、拘束係が聞き入ってた隙に。
踵でその脛を思いっきり蹴った。腕を掴む力が緩んだ瞬間、足元に転がっている石を蹴り上げて右手で掴み、後ろ手に振り上げた。
拘束係の額を殴れた手応えを感じた、頃には既に久也は走り出していた。
(うまく行ったのは奇跡だな)
弾みで首の皮が少し切られた。とりあえず右手で首元を押さえる。
さて状況はどうなったのか。振り返って確認すると、いつの間にやら拓真が乱入していた。槍を横手に構えて、長と他一名を牽制している。
「離れろ」
あの普段明るい男から発せられたとは誰も考えつかなかったであろう、ドス黒い声が威嚇した。
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