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「ダメだ。神力の効果は未知だからとりあえずはサポートだけとして受け取っておく。何より必要なのは溶存酸素量の維持。人工呼吸だけじゃ不足かもしれないが、生憎と酸素ボンベは無い」
久也がそう言うと、拓真が請け負った。
「わかった! バローも手伝って! おれが見本やるから」
すぐ近くにしゃがんでいるアレバロロに声をかけ、早速拓真が毒にやられた一人に人工呼吸と心臓マッサージを施し始めた。ユマロンガと別の女性は手ぬぐいを持って犠牲者たちの口周りや汗などを拭いている。
その間に巫女姫は神力の供給を、久也は思考を続けた。
医学生だったとしても何もかもが足りない。知識も経験も道具も技量も。
もどかしい。助けてやれないかもしれない、何もできないかもしれない、と次々とネガティブ思考が脳裏を過ぎる。
しかしすぐにそれをまとめて全力で無視した。救う手立てが何処にも無くても、考えるのだけは止めてはいけない。
「サリエラートゥ。アンタの知る限りで、北の部族は元から何かの毒使いだったか?」
話を振られた巫女姫が素早く振り向いて黒い両目を瞬かせた。
「昔から、毒を塗った矢を狩猟に使っていた。決して対人用に使ったりしなかったはずだ。それも現・長の方針か」
暗い笑みを浮かべて彼女は答えた。
「源は?」
「さあ……数種混ぜ込んでいたと思う。植物だったかな」
「植物か……麻痺を起こす毒は多いから種類がわかっても解毒剤がな……」
やがてアァリージャに人工呼吸を替わってもらった拓真が、狼狽を隠せない顔でこっちに近寄る。久也はすかさず訊ねた。
「――教えてくれ拓真。藍谷英の背景、特に学業的な方向性について何か知ってるか」
問われた拓真は、何で今それを、などと余計な質問を返さずに素直に応じた。瞼を下ろし、思い出そうと眉根を寄せる。
「た、しか……英兄ちゃんの好きな学問は生物と人類学って、香ちゃんが言ってたよ。セントラル・アメリカだか南アメリカの大学に行ってEthnobotanyってのを勉強するつもりだった……かな」
「エスノ――」大変マイナーな英単語だが、運よくその意味は久也の脳内辞書にあった。「民族植物学か。なるほど、この世界に来てもアドバンテージになる」
生態系が地球と似たり寄ったりであるからこそ、いくらでも応用が利く。まだ大学での勉強を始める前だったとしても、独学で学んでたかもしれない。
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