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「…………マラリアだったりして」
返ってきた視線は虚ろに湿っていた。背中は寝汗がべっとりとついていて熱っぽい。
蚊対策には気をつけていたのだが、それでも刺されることはあった。マラリアにかかる可能性は十分にある。真面目に心配になってきた。
「サリー呼ぼうか」
症状の緩和には神力が一番だ。拓真は巫女姫サリエラートゥが住まう家がある、台地の中心の方へチラッと目をやった。
「いいよ。アイツ、日が昇るまで起きないだろ。自力で洞窟まで行って――」
「だったらおれ背負って行くよ」
「それは……パス」
「じゃあ休んでなよ。日が昇ったら速攻でサリー呼んで来るから」
結局そういうことに落ち着いて、二人は家の前のベンチまで歩いた。ベンチの上で久也は横になった。
「悪いな。片付けはしとくから――」
「いいっていいって。適当に埋めときゃいいでしょ」
「……変な気分だな。うちでは大体体調崩すのは朱音や母さんで、世話をしてたのは俺だったのに」
「そんなこともあるよー」
そう言って、拓真は木製のシャベルを取った。吐瀉物の量はそんなに多くないので、埋めるにしても大して時間はかからなかった。片付けも終われば拓真はベンチの前の草に腰を下ろした。
久也は眠ってはいないらしく、半分だけ目が開いている。
台地の上から見下ろせる景色はまだ薄暗い。遠くから鳥の鳴き声が響いた。カラス系かな、と拓真はぼんやり考える。
早朝なせいか思考回路は割と静かなものだ。数分経ってやっと拓真は口を開いた。
「なんかさ、ばあちゃんが作る牛丼が無性に食べたいんだけどどうしよう」
半ば独り言だったが、返事が返った。
「朝から牛丼かよ。まあ、俺も朱音のしじみ味噌汁が恋しい……今はどうせすぐ吐き出すにしてもだ」
「あはは。確かに朱音ちゃんのしじみ料理って、ふわっと優しい味が良いよね」
朝霧朱音の料理にはほとんど外れが無い。本人のふわっと優しい性格をそのまま表していたかのようで、いくらでもおかわりができた。もう味わうことはできないのだろうか、とふとしんみりと思った。
「帰りたいなぁ」
「…………そうだな」
無意識に目頭が熱くなった。
「おれらっていつ死ぬんだろう」
「明日かもしれないし、数年後か数十年後かもしれないな」
「日本でもそれは同じだったはずなのに、時々たまらなく怖く感じるのは何でだろ」
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