第2章

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『五分前か…』 約束の時間より早く待ち合わせの場所についたハヤトは緊張した面持ちで空を見上げた。少しずつ雨足が強くなっている。もしかしたら彼女は遅れるかもしれない。だがその時は笑ってやろう。ハヤトはそう思っていた。 『いつも俺が待たせてるんだからさ』 そう言っておどけてみせるかな。そんなことを考えているとコートのポケットが震える。ポケットに手を入れたハヤトは携帯を取り出した。画面には彼女の名前。ハヤトは急いで電話に出た。 『どうしたの?』 ハヤトが聞くと電話越しの彼女は何も言わなかった。震えているような声が小さく聞こえる。ほんの数秒の沈黙。だがハヤトにはその数秒が何時間にも思えた。電話の向こう側の彼女が泣き出しそうなことを感じていたから… 『わたし…もうハヤトを待たない』 『え?』 彼女が漏らした言葉は冷たくハヤトの耳に響く。その声に感情を感じない。いや、彼女はきっと感情を押し殺しているのだ。自分の決断をハヤトに伝える為に、必死で涙を堪えているのだろう。 『どうせ今日も来れないんでしょ…私、もう待つのに疲れたの。さよなら…』 ハヤトが何も言えないまま電話が切れた。ツーツーと無機質な音は強くなる雨音にかき消されていった。
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