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アパルトマンの前で彼女はタクシーを待っていた。その後ろにアランが立っている。
『本当に行くの?』
ぎゅっと拳を握ったアランが口を開くと彼女はゆっくりと振り返った。
『私を撮ってもいい結果なんて出ないって分かってるはずよ』
『…』
『アランの撮る風景の写真、本当に綺麗だと思う。うまく言えないけど…温もりを感じるの。だからあなたの才能を生かせるものを撮ってほしい…』
『それでも俺は…』
アスファルトに落ちた雨の音にアランは言葉を止めた。少しずつ雨が強くなっていく。
『来たみたい…』
そう言って彼女はタクシーに向かって手を上げる。アランは彼女の腕を掴んでぐっと力を入れた。だがアランの手から彼女の腕はするりと逃げていく。温もりを逃さないようにとするアランの手から、彼女の手はゆっくりと離れていった。まるで二人を隔てるように雨が降り注ぐ。彼女はアランに視線を向けることもなくタクシーに乗り込んだ。
『…』
立ち尽くすアランを残してタクシーが走りだす。少しずつ離れていくタクシーを見送るアランの口許が震えていた。
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