第1章

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「そっちには専属のテストパイロットがいるそうだから、その者にやらせてみればよいではないか。但し、その成否に関し、軍はこれに一切関知しない形の、非公式の試験飛行であることとするが、これでどうだ。その結果が万事問題なくば、制式採用することを考慮するものとしようではないか。兎に角、我々としては、一〇式(艦上戦闘機)が、その名の通り、艦上機として、空母から発艦して再び着艦出来る性能を有しているかどうか、またそれに機体が耐えられるものであるかどうかをこの目で確と見極める必要があるから、その結論は試験飛行の結果をみてからということにして貰おう。実施の時期は日定が決まり次第追って連絡するが、あと一か月ほどで空母の方は発着艦の段取りがつくそうだ。これは、この儂が今そうするようにさせたのだから、間違いはないと思って貰ってよろしい」  これを聞いた、川島内燃機製造所の幹部二人は、互いに顔を見合わせた。  二人とも、ここまできたら、制式採用の件はやっと何とかなりそうだとの、一縷の望みを見出した、そんな感触を得られたという表情だった。制式採用の目途が立つのだったら少々の費用が掛かろうが構わないから、如何様にしてでもこの際身内の者の誰かにうまく飛んで貰うしかないとの思いを早くも巡らせていた。   川島内燃機製造所としては、海軍の無理な要求をなんとかクリアせんものとして莫大な先行投資を行い、わざわざ英国から日本に呼んだ英国人技師のハーバート・スミスに設計を依頼して、世界水準に達していると自負する艦上戦闘機を全社を挙げて折角製造したのだから、これを断じて無駄にする訳にはいかなかったのだ。  日本の海軍にしても、自前の研究部門や試験部門のみならず、製造部門などまでをも有しているとは云え、当然分かり切ったことだが、何でもかんでも自前でやるには設備面や人員面、技術面などにおいて、当然自ずと限界があるのである。そうと知りながら、軍儒産業関連の民間企業を育てようとする意識や認識が全くないのだ。いや、端から持とうとしないのである。おまけに、軍隊に隷属している民間企業などは問答無用で強く圧(お)してしまえば、無理なことでも何でも思い通りにどうとでもなると思い込んでいる節さえあった。
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