第1章

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 こうして、一〇式艦上戦闘機の制式採用の件は、いつの間にか、非公式な??発着艦の実験飛行に備えた試験飛行?≠ニいう名目を掲げて、この一か月後に英国人パイロットか誰かかに試験飛行をやらせるべしという話になった。  要するに、新島大佐は本件と密接に係る関係方面と根回しや協議もせずに、当該機の制式採用の為の耐久試験飛行を兼ねた発着艦の試験飛行を、「鳳翔」の艦長の了解を無理矢理取り付けただけで勝手にやると決め、これをメーカーに許可したのだ。つまり、早い話が、メーカーの担当者の執拗さに根負けして、我が方にその用意や準備すらも十分に整っていないというのに、独断で発着艦の試験飛行を許可したのだ。  日本の陸海軍という所は、かくの如しで、様々な案件をそつなく迅速に処理する事務能力にはやゝ劣るが、一旦、事の方針が決定されると、前例重視の、行政を司る一般の役所とは違って、必ずしも面倒な手続きを経ずに前例のないことを実施することを、後先の事を考えずにあっさり許してしまう傾向があったから、当座の目的に沿ったアクションを起こすまでの段取りの仕方というのは意外にも頗る早いのだ。  無論、このことは海軍省の艦政本部や航空本部との事前合意は得られていないものだったから、明らかに越権行為でもあった。が、この大佐は何故か東郷元帥の覚え目出度くして、格別お気に入りでもあったことから、海軍軍令部内で意外なほどの発言力を有していたのだ。そんなこともあってか、本件は極密裡に進められ、しかも特別扱いの事後承諾事項とされた。無論、このことは権藤や吉成らに一切知らされることはなかった。  このような事情(いきさつ)があったから、海軍軍令部としては、おいそれとは海軍の航空隊に発着艦の実地訓練を許可するわけにはいかなかったのだ。  ところが、そんなやりとりがなされていた矢先であった。  海軍軍令部が先般行った、各航空隊への、新規に開発した航空母艦に、航空機による発着艦を行うという実験飛行に挑戦する者はいないかとの呼びかけに対して、唯一、霞ヶ浦海軍航空隊だけが名乗りを上げてきたのは。
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