第1章

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 その結果、「鳳翔」の艦橋のアンテナに接触したりするなどの事故が頻発した。それでも航空隊は、危険な訓練を止めなかった。いずれはここへ降りて見せる、飛び立って見せるという心意気から決して止(や)めようとはしなかったのだ。この事は、次期艦長から既に事前の了解は口頭で得ていたから、当然艦長や海軍省からの苦情はなかった。そこで、慌てたのは海軍軍令部だったが、結局、仕方がない、やらせておけということになったのだという。      六      空母「鳳翔」が完成してから一カ月が過ぎようとしていた頃、権藤隊長が、吉成に、 「実験飛行の準備はどげんなもんかな。進んどっとか」  と聞いてきたことがあった。 「はっ、何時でも本番に取り掛かれる用意が整っております」  吉成大尉がそう答えると、権藤隊長は意外なことを言った。 「そうか、じゃっどん、そう無理せんでもよか」  と、言うので、 「無理をするなとは、どういうことでありますか。隊長殿」  と聞くと、 「海軍(う)軍令部(え)は、どうやらこの飛行実験に乗り気ではなさそうたい。我々にやらせる気はなさそうたい。誰か他の者にやらそうと考えておるらしい。何を考えることやら、あそこはまっこと恐ろしい所たい」権藤は親指を立てて天井を指しながら、そう言った。それは、海軍軍令部のことを意味していたのだが、かの海軍軍令部が海軍省の建物の最上階の三階にあり、一、二階にある海軍省を見下ろす位置にあったからであった。  「航空機を、偵察と索敵の役に立てばよいだろうぐらいしか思っとらんことぁある。我々をまぁだ??赤トンボ乗り?∴オいしとるったい。洋上こそがぁ我々の戦いの場だという、海軍の飛行機乗りの気持ちば少しもわかっとらんたい」  そう嘆く、隊長の権藤もかつては飛行機乗りだったのだ。操縦席に収まらない程の巨漢となってしまった今でも、いささかも飛行機乗りとしての矜持を失ってはいなかったから、普段は豪放磊落な風の彼にしてはその日は珍しく深刻な様子であった。  また、その頃、吉成は大山に、 「ここは一番、貴様がやるしかなかろう。どう考えても貴様より操縦の腕が立って肝の座った奴は、この海軍広しと云えども他にはおらんのだから」
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