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「へ?」
私が間の抜けた声を出すのと、黒い羽衣の人が顔を上げたのは、ほぼ同時だった。
「あれ? え?」
「うわ、あとちょっとで死ぬところだったよ僕! 彼岸が見えた!」
私が状況を理解できていないのも気付かず黒い羽衣の人は今まで死んだみたいだったのに突然立ち上がった。黒い髪で右目を隠した不思議な出で立ちの人で子供のようによく喋る。私のことなど全く視界に入っていないようだった。物理的にも、精神的にも。
「ふざけんなよ、お前のドジで死んでたまるかっての」
「え、そういうこというの? 最初に躓いたのは君でしょ」
「別に助けろとか言ってねぇし。お前が勝手に俺を突き飛ばして当たっただけだろ」
その言葉に私は我に返り、周りを見る。さっきまで倒れていた人たちも起きているようだ。言葉を放ったのは紅色の人だ。紅に染まった長髪が風に揺れている。
「あー、本当お嬢ちゃんのお陰だよ。助かった、ありがとな」
「え、あ」
さっきの白髪の人がいつの間にか私の手を握っている。私が戸惑っているのに気づくと優しく微笑んでその手を離し、軽く頭を撫でてくれた。
そこで他の人もようやく私の存在に気付いたようで、三人で私を凝視する。緑の人と紅色の人はお互いに顔を見合わせ何か言っていたけど、黒い羽衣の人は人懐こい笑顔を見せた。膝を折って私の目線に合わせる。
「ありがとう。君は僕らの命の恩人だよ」
ただ御札を剥がしただけなのにここまで感謝されるとは思っていなくて、私は少し戸惑っていた。確かに死にそうな感じはしていたが。しかし、
「どうして、御札で死にそうになってたの?あれは魔を祓うためって里のみんなが……」
私が聞くと黒い羽衣の人は、一瞬キョトンとしたが、すぐに表情を笑顔に戻した。
「あはは、さぁどうしてだろうね」
「ところで、なんて名前?」
「楓だよ!」
白髪の人に話を逸らされたことにも気付かず、私は元気に答えた。そして母からもらった楓の模様の入った着物を見せると「いい名前だね」と褒めてくれた。
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