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「鎌鼬、だ。生まれはもっと遠い場所だが、妖怪は放浪する生き物。しばらくこの辺にお世話になろうと思ってな」
それは里の文献にもあった妖怪の名前で、思わず表情が明るくなる。まだ里から出たことのない私にとって、初めて見る本物の妖怪だった。
「あと、この三人は半妖でな。だから妖気も俺より薄いんだろう。しかも楓ちゃんよりも歳し……」
「あぁ! もうそれは言わなくてもいいだろう!」
今まで黙っていた黒の羽衣の人が突然大きな声を出した。そして右手を振り上げると強風が巻き起こり、白髪の人、鎌鼬が背後に飛んでいった。
「……僕は烏天狗だよ。その紅の子がムチっていう妖怪。萌黄の子は捨て子でね。風の妖怪ではあるんだけど、はっきりとは分からないんだ。二人とも人間が苦手だけど悪い子じゃないからさ。仲良くしてやってよ」
「余計なことを言うな」
どおりで真っ黒な姿をしているわけだ。烏天狗の話を聞いて、二人はそっぽを向いてしまう。人間が嫌いなら、きっと私は嫌われているのだろう。それに無理につけいることはない。ちゃんと私の話を聞いてくれる烏天狗と、いつの間にか戻ってきていた鎌鼬に声を掛ける。
「ねぇ、名前は?」
「名前?」
烏天狗の方は首を傾げる。何のことかわからないようだ。
「楓ちゃん、妖怪は人間と違って固有の名前を持ってるのは少なくてさ。こいつらは事情が事情で名前を持たないんだよ」
そういえば、そんな話を聞いたことがある気がする。名前がないなんて不便ではないのだろうか。
「お互いはなんて呼び合ってるの?」
「お前とか、アンタとか、君とか」
「寂しいよ」
確かに二人称だけでも会話はできるが、それは呼び合っているとはいわないだろう。
「そうだな、俺は過去にシロと呼ばれていたことはある」
「犬」
「今のはどっちが言った?」
鎌鼬は洞穴の入口に座っているムチと萌黄色の人を睨み付けながら歩いていく。烏天狗がクスクスと笑っているところからすると、こういうのは日常茶飯事なのだろう。
それにしても、そのままだなと思う。恐らくその名は髪の色から来ているのだろうが、まさしく犬につけるような名だった。鎌鼬の今の言い方からすると最近はその名では呼ばれていないのだろう。
「じゃあ、私が勝手に考えるよ?」
「お、いいね」
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