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そして死者はいなくなった
「そんなに悩まないで、美樹。そんなことだと、人生損するよ」
横に座る明美が優しく言いますが、あいにくと私はそんな気分になれませんでした。
「もっと楽しもうよ」
「そうそう。悩むより遊ぶが易しってね」
前の男二人が脳天気に言います。どうしてみんな、ここまで楽天的なのでしょうか?
「ごめんなさい、私ってこんな女なんです」
私は力ない声で謝りますが、よけいに気分は落ち込みます。
「美樹、そんなに病気を苦にしないで」
「病気って、なんだっけ?」
「えーと、なんか自分が死んでいると感じる精神病で、その名前が──」
「……コタール症候群です」
無神経で心無い言葉を吐く男に、私は小さな声で言葉を継ぎました。
コタール症候群──自分は死者である、生きている実感が無い、そんな虚無感や自己否定な妄想を抱く精神病。
でも私にとって、それは紛れもない確かな実感でした。
「ところでさあ、この車どこに向かっているの?」
「あれっ、言わなかったっけ」
「この近くにある廃駅なんだけど、そこで肝試しするんよ」
「肝試しって、季節早くねえ?」
季節は6月の梅雨時、雨がしとしと降る午前零時前です。
4人が乗った車はやがて、家もまばらな街はずれ──仮にAという廃駅にしておきましょうか、そこに着きました。
「先客がいるみたいだな」
「やっぱ有名なんだよ、ここは」
車を降りて見ると、草が生い茂った空き地に数台の車がありました。外灯も無い真っ暗な闇の向こうに、ぼんやりと幾つかの懐中電灯の灯りが見えます。
「ねえ、止めませんか? 死者への冒涜ですよ、こんなの」
私は遠い闇を見詰めながら忠告しますが、
「大丈夫大丈夫、心配ないって」
「やっぱ、死者でも幽霊が怖いの?」
「あんたらホント、女に優しくないね」
口々に囃し立てる男二人を諫めて、明美が助け船を出しますが、肝心の彼女も片手にビニール傘と懐中電灯を携えて、すでに行く気満々です。
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